第26話 ヒーロー少女のオレは最終兵器
気がつくと、オレは、校長室にいた。
あっという間だ。世界が歪む感覚もなく。
あっちの世界からこっちの世界へ。
校長室。
立派なソファに座って。
オレの正面に座っているのは、校長。
もちろん、平安風の服装じゃない。スーツ姿。
要するに、何も変わらない。向こうの世界に行く前と同じ。
オレは、少し汗ばんでいる。
「あの、校長先生。オレたち、今、異空間に引っ張りこまれたんですよね?」
やっとそれだけ言った。
「そうだ」
校長はこともなげに言う。微笑んでいる。
「一文字君、よくやったじゃないか。君が魔物を倒した。それで、われわれは、こっちの世界に戻って来れた」
魔物を倒した。
オレは自分の手を見る。木刀。天破活剣。兄から渡された、オレだけの魔剣。どこにもない。着ている服も普通の学ラン。裾の長い、長ランじゃない。
あれは夢ーー
じゃ、ない。兄の言葉。木刀のずっしりとした重み。魔物。金色三頭獣。木刀振ったときの痺れるような感覚。間違いなく本物。
「どうだ、ヒーロー跡目候補。だんだんどういうものか、わかってきただろう」
「ええ」
異世界。幽世。黄泉の国だか何だか知らないけど。そこに引っ張り込まれて、魔物が襲ってきて、とにかく倒した。兄のおかげだけど。
「そういえば、校長先生、途中でいなくなったけど、先に帰ってたんですか?」
「そうではない。帰ろうとして帰ることはできない。戦いが始まりそうになったから、私は急いで走って、森の中に隠れた。木の陰から君を見守っていたのだ」
平然として校長は言う。
「は?」
オレは、口あんぐりだ。
「隠れてた?」
「そうだ。私に戦闘力は無い。ただちょっと、君の案内をするだけだ。魔物と戦うのは、あくまでもヒーロー跡目候補である君の役割だ。私は巻き込まれたら何もならん。1人で元の世界に帰ることもできない。そこで急いで森に隠れたんだ」
オレはややキレ気味で、
「戦闘力はないって……そりゃそうなんだろうけど……あなた、校長先生でしょ? 生徒が命を懸けた戦いするのに、逃げ隠れして見守るって……おかしくないですか?」
「私にできる事は、なかったのだ。言っておくが、あれは全て現実だ。私も怪我したり死んだりしたら、それまでなのだ。見届け人としての仕事がある。果たさねばならない」
校長は冷厳としていう。
見届け人としての仕事。要するに、オレがあの魔物を倒せず、逆にやられたら、校長はそれを見届けて、また別のヒーロー後目候補を探すってこと?
結局、誰でもいいんだ。ヒーローなんて。1人ダメだったらまた次の。そういうシステムなんだ。
こっちは命懸けなのに。
オレの不満憤慨。
校長に伝わったようだ。
「ハハハ」
校長は、いささかバツが悪そうに笑う。
「なに、今日出会った魔物は、たいしたやつじゃない。ヒーロー跡目覚醒の匂いをかぎつけてやってきた小物だ。君は確かに宿命の力を帯びている。が、まだまだ力は小さい。黄泉の深淵、奥底のものを、目覚めされるまでには至ってない」
小物? あのでっかい金色三頭獣が?
じゃあ、黄泉の深淵、奥底の者とやらは、いったいどんなやつなんだ?
オレは、ぶるっと震えた。
「心配しなくてもいい」
校長、オレの心、見透かしてるようだ。
「宿命に目覚めたばかりのヒーロー跡目候補に喰いついてくるのは、小物ばかりだ。魔物を倒すいいトレーニングになる。いきなり、あっちの世界に引き込まれても、うろたえる事は無い。落ち着いて対処すれば、大丈夫だ」
あんたの対処ってのは、オレに戦闘任せて森に隠れるってことだったけどね。
オレは校長に言いたいこと訊きたいことがいっぱいあったけど、なんだか頭が働かない。頭がぐるぐるぐるぐる回って。
「ヒーローって、昔からこうなんですか?」
オレはやっと言った。
「うむ」
校長は顎を撫でる。
「そうだな。私の知ってることを話そう。伝えられていることだ。太古の昔から、こちらの世界現世とは違った、別世界があり、別世界の住人がいる。
こっちの世界と向こうの世界が重なり、侵蝕され穴ができることがある。行き来が発生する。向こうのもの。今では魔物と呼んでいるのが、こっちの住人を攫ったり、喰い殺したり、そういうことがぼちぼちあったのだ。
ずっと昔のことだ。向こうの世界、幽世、黄泉の国と呼ばれる異世界の存在に気づき、そこに蠢く眷属が我々の世界現世に侵入し、悪事を働くのを防ぐ力を身につけた者がいた。その力、宿命の力は代々受け継がれることになった。
それが、今ではヒーロー跡目と呼ばれるのだ」
ヒーロー跡目。異世界の侵蝕を防ぎ、モンスターの侵入を撃退する。そういうものか。それが宿命。
「話はだいたいわかりました。話というか、実際に体験したことだし。信じられますよ」
「ハハハ。一文字勇希君。何はともあれ、今日の試練に無事合格したんだ。自信を持ちなさい」
自信か。確かに手ごたえはあった。兄、悠人のおかげだけど。
最後に、気になってたことを訊いてみた。
「あの、黄泉とか、魔物とかヒーローとか、用語が一定してないんだけど。そういうの統一したほうがいいんじゃないですか? 魔物が住人なら、魔界とか」
「うむ」
校長も首をかしげる。
「確かにそうだな。まぁ呼び方は大したことでは無い。時代とともに変わっていくだろう。太古の昔は、違う言い方をしたんだろうし」
「ヒーローってのも、モダンな呼び名なんですよね? 昔は何といってたんですか?」
「そうだな。確か、救世主とか言ってたと聞いたな」
「救世主? それってそんなに昔からある言葉なんですか?」
「もっと昔は、『覚醒者』とか『最終兵器』とか呼ばれてだそうだ」
「そっちの方が全然新しいと思いますけど!」
もうなんだか。
怪しい会話は打ち切って、オレは帰ることにした。さすがに疲れた。
校長は、何でも相談しなさいと、にこやかに言った。
危ない場面になったら、どうせ逃げ隠れするんだろうけど。
帰り際、オレはもう1つ気になってたことを訊いた。
「あのオレ、ヒーロー跡目候補ってことで、入学できたんですよね?その、ここでは勉強できなくても大丈夫なんですか?」
「ううむ」
校長は難しい顔をした。
「それは、私も配慮するが。多少は頑張ってくれよな。私の力だけじゃ限界があるぞ。いろいろ理事会とか、教職員会とかうるさいからな」
ありゃりゃ。
魔物退治だけじゃなくて、勉強もそれなりに頑張らなきゃいけないんだ。
学園生活。
お気楽にはいかないようだ。
今後もよろしくお願いしますと挨拶して、オレは、校長室を後にする。
ヒーローとしての戦い。いよいよ始まった。
でも不思議と、オレの足取りは軽かった。妙に力が漲ってくる。
兄、悠人。
しっかり、傍にいてくれるんだもん。
何があったって大丈夫だ。
クラスの女子ども。
オレは、ふと笑みを漏らす。
オレは大きな宿命を背負い戦っている。お前らなんか目じゃないぞ。




