第257話 拳闘戦衣の奥菜結理
幽世のリングの上。
黒鋼魔像と拳闘戦衣の奥菜結理。
対峙している。今にも戦闘が始まる。
オレは結界の外、リングサイドで。
うーん。これはもう、お任せしちゃっていいのかな。
お任せするのも何も、オレはどっちみち入っていけないし。
結理ちゃんを信じるしかない。
ギュイン、ギュイン、
黒鋼魔像、機械仕掛けっぽく長い両腕を動かしている。ダイナミックな動きだ。一撃くらったら、ヤバそう。さっきの世告げの鏡の解説だと、誰かが作った鋼の人形に誰かが魔術で意志と魂を吹き込んだ、そういうことだよね。
どう見ても力タイプ。精神攻撃だ記憶操縦だが得意なタイプに見えないけど。あの剣華に擬態しての三文芝居。魔像にしては、むしろよくやったというべきか。
拳闘戦衣の奥菜。ジリジリと、間合いを詰める。銀のナックルが煌く。
ビュン!
黒鋼魔像、長い右腕を振りかざす、大振りだ。
奥菜、瞬時に突進。黒鋼魔像の懐に飛び込む。いい判断だ。巨体相手。懐に飛び込めは長い手足もむしろ邪魔。が、黒鋼魔像、これを予期していたのか。間髪入れず、左の肘を奥菜の脳天に振り下ろす。
「危ない!」
オレは気が気でない。しかし奥菜、紙一重で避ける。よく見ている。相手の動きがはっきり見えているんだ。黒鋼魔像、近接戦闘となると、力はあるがキレが奥菜に及ばない。
長い両腕の攻撃をかわし、無防備な敵のボディを前にした奥菜、
「私の委員長に化けた罪、許さーんっ!」
うん。そこなんだ。やっぱり。
奥菜の右ストレートが炸裂。黒鋼魔像の腹にナックルが食い込む。
ズォォォーン
やった。鈍く、そして確かな音。
身長5メートルはある黒鋼魔像の体、くの字に折れ、吹っ飛ぶ。
小さな少女の一発で。
リングの外に吹っ飛ばされる。リングアウト。
そして。
ぐしゅぐしゅと、黒い煙を噴き上げ崩れ、無数の塵と化す。
なんだ。呆気ないやつだな。
ともあれ。
終わった。幽世の戦い。
何だったんだ。
最初から最後まで、オレの出番は無し。
でも、なんだか結理ちゃんの心の裡が見れてーー
これはこれでよかったのかしらん。
ぐわん、ぐわん、
時空が歪む。周囲が真っ白に包まれる。
お帰りの時間か。
結局。
オレは、奥菜の心の結界を破れなかった。
いいさ。そういうもんだ。
誰だって、誰にも破られたくない心の結界、あるだろう。
無理に破ろうとしちゃいけない。
見守るのも、また、ヒーロー。
それにしても。なんでオレの周りの女子たち、幽世で堂々戦闘できるんだ。オレは男装男子しろだの女子バレするなだの煩い宿命ルールに縛られて、大変なのに。みんなは特にルールも何もなく、余裕で戦っているように見える。おかしい。
もう。
誰に抗議すればいいんだ? 宿命って奴にか?
◇
「結理ーっ!」
「頑張ってーっ!」
鴨淵西高校の体育館。
歓声は最高潮。
リングで戦う奥菜。
鴨淵西高の相手選手も強い。すごい気迫だ。フットワーク。キレは奥菜より上か。
「あっ!」
会場の時間、一瞬止まる。
相手選手の左フック、奥菜の腹に喰い込む。
奥菜が崩れた。
ああ!
悲鳴と歓声が体育館を埋め尽くす。
ダウンだ!
カウントが始まる。
「ワン、ツー、スリー……」
天輦学園応援陣の視線、ただ、奥菜に。そして声援も。
「奥菜ーっ!」
「結理ーっ!」
「立ってーっ!」
渦巻く叫び、悲鳴、音と色彩の中。
奥菜は見ていた。
さっき見た光景。あれは何だったんだろう。試合のゴングが鳴ったら、急に目の前に委員長が現れて。でもそれは偽物で。そしたら巨大な黒い人形が現れて。
きっと。
あれは私の心の迷い。心の迷宮。
まだ。
委員長から自立できてないんだ。そうだ。委員長の側で、委員長を助けることのできる人間になろうと、ずっと頑張ってきた。でも、まだまだ及ばないんだ。だって。私の委員長は、すごくすごく、とても大きい、誰も及ばない星なんだもの。
奥菜は微笑みを洩らしていた。
いいんだ。委員長。それはずっと追いかける星。仰ぎ見る星。何があったって。今は、私のすることをーー
カウントが聞こえる。
「7、8、9……」
自分で立ち上がるんだ。誰も手を貸してくれない。絶対に。自分で立ち上がられなければ負け。だから。だから私はボクシングを選んだんだ。自分で戦うために。
奥菜は立ち上がった。
どよめきが起きる。
「結理ーっ!」
剣華優希の声援。聞こえている。はっきりと聞こえている。間違えるわけがない。誰よりも大切な、私の委員長だもの。
どう、と相手が倒れた。
2R目。
今度は、奥菜がダウンを奪い返した。強烈な右ストレート。
体育館の熱狂、頂点に。
「ワン、ツー、スリー……」
倒れた対戦相手のボクサー、必死に、立ち上がろうとするが、
「テン!」
カウントは終わった。
立てない。
ゴングが鳴った。
「勝者、天輦学園、奥菜結理!」
レフェリーが高らかに宣言する。
ヘッドギアを外した奥菜。
恥ずかしそうにえくぼを見せている。
どよめきが起きる。高校ボクシングの試合で、ダウンを取ったり取られたり、KO決着とか、あんまりないんだそうだ。
◇
ボクシング部の対抗試合。男子の戦いは伯仲し、2勝2勝。
結果、3勝2敗で天輦学園の勝利となった。
試合後。
オレのクラスのみんな、奥菜に殺到する。この後、ボクシング部の打ち上げがある。その前はクラスのみんなの時間。
みんなに祝福されて真っ赤になっている奥菜が見ているのはただ1人。
「結理、おめでとう。すごかったよ」
剣華優希が奥菜を抱きしめる。
「かっこよかった! さすが! 強くなったよ!」
奥菜、茫然としている。でも、泣いてはいない。泣かない。これが強さ。奥菜、真に強くなった。
オレは黒鋼魔像のまやかしの情景、いや、あれはまやかしじゃなくて、実際の過去なんだろうけど、それを思い出す。
奥菜はいつもニコニコ可愛いえくぼで、みんなに慕われていて、でも本人は、ただただ委員長剣華優希を慕っていて、そんな奥菜、どんどん強くなっている。委員長に認められるくらいに。奥菜は、自分が強くなったとは、絶対に認めないだろう。なぜなら、憧れの人の前では、何もできず真っ赤になるだけの少女なんだから。そして。その壁を乗り越えたときには、一体どうなるんだろう。
わからない。
もう。
詮索すべきじゃないんだ。乙女の心の襞を。
オレの立ち位置は。
うーん。
奥菜は幽世へ行ったことを、単なる一瞬の心の迷いだと思っているみたいだ。まぁそりゃそうだろう。いきなり別世界へ飛んで、また元の瞬間に戻ってくるんだから。本気の命のやりとりをしたとか思ってはない。それはそれで良い。あの拳闘戦衣も……で、オレは。
なんだか。
出番がなかった。これでいいのか。オレはヒーロー。みんなにヒーローだと認めさせなきゃいけない。そうだよね。
周りの女子どもが、どんどん強くなっていく。これってどうすりゃいいの?オレも負けないように、どんどん強くなる。そういうことでいいの?
オレはヒーロー。
絶対に!絶対に!
女子どもに負けてるわけには、いかないんだから!
( 第18章 リングの迷宮 了 )




