第250話 奥菜結理の高校ボクシング初公式試合
奥菜結理。水色バレッタリボンの三つ編み少女。いつもニコニコと、えくぼを見せている。勉強会をしてくれたり、何かとオレの面倒を見てくれている。
奥菜はボクシング部。いよいよ今度、高校生初の公式試合がある。
「明後日、試合だね。オレ、絶対応援に行くから」
駅前ショッピングモールのいつものカフェでの勉強会。オレの言葉に、奥菜は赤くなった。えくぼがますます可愛い。
「観に来てくれるんですか?うれしいです」
「行くさ。みんな行くから。もちろん剣華だって……」
「え?」
奥菜、ピキっとなる。あ、まずい。試合前でナーバスな時期だ。不用意に委員長のことを持ち出したのはまずかった。奥菜の委員長への想い。端から見ても強すぎるんだけど、そのことを奥菜に言うのは危険だ。
奥菜、さらに赤くなって、ぶるぶる震える。
「私……も、もちろん……委員長に応援してもらえたら……で、でも、なんですか? 一文字君、まるで私が委員長と特別な……」
うわああっ!
「あ、あの。別になんでもないよ。その。クラスのみんなで応援に行くからっていうこと。ほんと、頑張ってね!」
オレは必死にごまかして、事なきを得た。
オレはもちろん試合観戦に行く。いや、オレだけじゃなくて、クラスのみんなが行く。奥菜はみんなに人気なのだ。性格が良くて、誰にでも優しく声をかけ、困っているクラスメイトには、親身になって相談に乗っている。良い子なのだ。ただ、奥菜が慕う委員長のこととなると、いきなりブチ切れるから、注意が必要だ。
奥菜のクラス委員長剣華優希への感情。どう見ても……なんだけど。それを本人に言ってはいけない。匂わせてもいけない。迂闊なことを言えば、パンチが飛ぶ。
オレもパンチを喰らって学習した。別に匂わせたりなんだりした訳じゃないんだけど。
中等部からの連中は、とっくに知ってたらしい。
柔道柘植、ラグビー坂井、剣道矢駆の子犬四天王。奥菜のことを暖かく見守っている。一体何を考えてるんだろう。奥菜の委員長への思い。奴らはどう考えてるのか。わからない。
何はともあれ。
奥菜の高校生ボクシングデビュー戦。
応援だ。
学園の授業が終わる。みんな、奥菜に声をかけている。奥菜は、はい、がんばりますと引き締まった顔をしている。ニコニコと。かわいいえくぼを見せている。これからボクシングの死闘になるんだ。
試合は夕方5時半からだ。場所は対戦相手の高校。高校で、ボクシング部があって、ちゃんとしたリングがあるのは珍しい。クラスのみんな、待ち合わせて一緒に行くらしい。
オレもーー
「ねー、勇希、一緒に行こうよ!」
と、満月妃奈子に誘われた。満月の隣で、剣華優希もニコニコしている。うーむ。このグループと一緒に行くのは。試合観戦前に圧で疲れそうで。
「あ、オレ、用事があるから、後から1人で行くよ。みんなで頑張って応援しような!」
と言って、教室から逃げ出した。用事といっても。いつものメニュー。
グラウンドで、走って自主トレして、図書室で、自習して。オレなりに、ヒーローの戦いがあるからな。
夕方4時前になる。そろそろ行くか。オレは学園を出る。
対戦校。東京郊外の天輦学園から、さらに田舎のほうにある。電車で行く。駅に着いたら、歩いて5分だ。問題ない。
オレは目的の駅で下車する。結構電車に乗ってたな。1人で来てよかった。もし満月のグループと一緒にきてたら。満月とクラス委員長剣華、その他の女子に囲まれて、どうなっていただろう。やばい圧で、その時点でヘトヘトになっていたに違いない。
うむ。オレはヒーロー。女子どもとは、チャラチャラしない方がいいのだ。今日は、結理の応援に集中するのだ。
さて、歩こう。駅を出たオレは、スマホで地図を調べる。
あれ?
おかしい。オレはキョロキョロする。駅前の道路だなんだ、様子が地図と違うんだけど。全然違う。さっぱりわからない。スマホの地図が間違っている? まさか。そんなことあるのか?
オレは、駅を振り返る。
「えっ?」
駅は、「鵜淵西駅」
ありゃ。
オレの行く先は、
「鴨淵西駅」
間違えちまった!
なんだ! ふざけるな! 間違えるだろ!
ありえねぇ。なんでこんなによく似た名前の駅があるんだ。間違えてくださいと言ってるようなもんだろ。
どうしよう。オレは必死にスマホをいじる。
今から電車で戻って乗り換えて、鴨淵西に行くのは……かなり大回りになっちゃう。試合に間に合わない。タクシー?オレの手持ちの金……たいしたことない。これじゃ無理だ。
地図をよく見ると、鵜淵西と鴨淵西、電車の路線が違うだけで、距離は近い。
走るか。
奥菜結理よ。お前の試合、絶対見届ける。ヒーローの名にかけて。絶対間に合ってやるからな。ヒーローをナメるなよ。よし、ダッシュ!
オレがそう決めた時、
「あれ、勇希」
よく知った声が。
振り返ると。
蘭鳳院麗奈。
隣の席の美少女。いつもお澄まし顔。今もお澄まし顔。
セーラー服姿。自転車にまたがって、オレを見下ろしている。
「何やってるの?」
麗奈の澄んだ瞳。




