第25話 ヒーロー少女の魔剣 その名は
戦う。戦って倒す。目の前の金色三頭獣を。
こいつに喰い殺されないためには。そうするしかない。
ここで死ぬのは、現実の死。
ぐるる、
不気味なうなり声をあげ、生気のない六つの瞳で、オレを睨む獣。
でっかい獣だ。
戦って倒す? どうやって?
「ねぇ、どうすれば」
オレは、校長を振り返った。
「あれ?」
校長の姿、見えない。森に囲まれた草地の広場。オレは一人ぼっち。
目の前には、金色三頭獣。
ええええええっ!
「ちょっとおっ! どうしたのっ! 無責任だよ! なんでオレを1人にするの? 一体どうすればいいの」
オレは叫んでみた。
でも、何も起きない。
なんだ。これ。おかしいよ。急に戦えって。
さすがに慌てた。どうすりゃいいの? ヒーローって、オレの知ってる限りでは、こういう時は落ち着いて切り札を出すもんだけど、オレには何にもない。
どうしよう。せめて、武器。そうだ。武器があれば。
ヒーローの武器ってなんだろう。オレは必死に考える。最近の男の修行。少年ヒーロー漫画を読み耽っていた。
閃いた。
木刀。
木刀があれば。
「勇希」
声がした。大好きな声。声の主。誰かはっきりとわかる。
兄、悠人が傍に立っていた。
「これを使うんだ。これがお前の武器だ」
悠人が差し出したのは、木刀。
オレは、受け取る。しっかりと。兄の瞳を見つめる。
木刀。ずっしりとした重みがあった。でも、不思議と手に馴染んだ。ずっと昔からこれを使っていたみたいだ。
「さあ、奴を倒すんだ。勇希、お前ならできる」
兄の言葉に、オレはうなずく。
そして、振り向いて、金色三頭獣を見据える。
不思議だ。悠人の木刀を持つと、でっかい獣が、小さく見える。
「勇希、剣をかまえろ」
悠人の声。
構えろ? オレは、剣道って中学の授業でやっただけなんだけど。とにかく、まっすぐ木刀を持つ。
グオオオオオオッ
金色三頭獣が、咆哮とともに息を吐く。金色の息だ。それが、オレに襲いかかる。金色の嵐。
う、
思わず目を瞑った。でも、正面に構えた木刀はしっかりと握っている。
「大丈夫だ。勇希、自分の力を信じるんだ。お前にはできる。あんな魔物なんでもない。倒すんだ」
兄の言葉に目を開けると、金色の嵐はもうどこにもない。目の前の金色三頭獣、怯えたように後ずさっている。
あの、でっかい獣が、怯んでいる。
これが、ヒーロー跡目候補の力か。兄からもらった木刀の力か。
力が漲ってきた。
握っている木刀。青白い光を放っている。
そして、気づくと、オレの学ラン。裾が膝下まで伸びた、長ランになっている。
木刀を手にした長ランのヒーロー。とうとうなったんだ。もう、負けは無い。オレはヒーローなんだ。本物のヒーロー。
「いくぞ!」
オレは叫んだ。
体が自然と動いた。木刀を思いっきり振り上げる。青白い光が、天空に届く。そして怯えてオレを見上げる金色三頭獣に、思いっきり振り下ろす。
グオオオオオオーン!!
轟音とともに、金色三頭獣は、真っ二つになった。木刀の刀身は、獣に届かない。でも、木刀の放つ青白い光がどこまでも伸びていき、魔物を真っ二つにしたんだ。
真っ二つになった、魔物。金色三頭獣。草地に横たわり、ぐしょぐしょと、金色の煙を上げ、崩れ、やがて朽ち果てた。
◇
青い空。
キラキラと降り注ぐ陽光。
緑の草地と森。
オレは、ぼう然と立ちすくんでいた。
これは現実?
朽ちた魔物は、もうちりぢりになって、消し飛んでいた。
でも。
手にした木刀の重み。ずっしりと。間違いなくこれは現実だ。
魔物。でっかいやつ。金色三頭獣。倒した。オレは倒したんだ。
オレの傍には。
「兄さん!」
オレは夢中で、悠人に抱きつこうとした。
兄は、にっこりと微笑んでいる。オレの手が届きそうになると、すっとその姿が後ろに下がる。
「兄さん! なんで!」
オレは、悠人を追いかける。でも、どうしても追いつかない。ずっとオレの手の届くすぐその先に、兄の微笑み。
オレは草地に座り込んだ。
ううう、
涙がこぼれる。金色三頭獣。でっかい魔物を見た時も、そこまで恐怖はしなかった。でも、せっかく出会えた兄に、どうしても手が届かないなんて。
悠人は、座り込んだオレを見下ろしながら、優しく微笑んでいる。
「すまない、勇希、お前と触れ合うことはできないんだ。勇希、お前は間違いなくヒーローだ。お前は、ヒーローの道を行くんだ。きっとできる。今日できたじゃないか。これからもっと大きなことをお前はするんだ。お前は本当に俺の誇りだ」
うぐぐ……
オレの目から涙が止まらない。
「ヒーロー?今日、魔物に勝てたのは、兄さんの木刀のおかげだよ。これがなければ、オレは喰い殺されてた……それで終わりだった」
兄は、首を振った。
「違う。その剣は、お前が呼び寄せたんだ。お前が自分で呼び寄せた、お前の剣だ。お前にしか使えない剣だ。ヒーローの剣だ。魔物を倒す魔剣だ」
オレは、まだ握っていた木刀を見つめる。
この木刀を呼び寄せたのはオレ? ヒーローの剣?
兄はにっこりと笑った。
「お前だけの魔剣、天破活剣だ」
そう言うと、すーっとその姿が薄くなり、やがて消えた。
オレはただ1人。
木刀。オレだけの魔剣、天破活剣を手にしたまま、そこに立ちすくんでいた。
森の黒い樹々に囲まれ、キラキラとした陽光の中、風に、長ランの裾を翻しながら。




