第247話 ヒロインとヒーロー 時空を超えて
麗奈がこちらを振り向く。
お澄まし顔だ。いつもの。ずっとお澄まし顔。ありえない。全体攻撃魔法発動の詠唱をする時も。物静かに、涼しい顔をして。
オレは、「えーい!」とか、「うりゃー!」とか叫ばないと戦えないけど、麗奈は違うんだな。まぁ、人それぞれなんだ。
麗奈、オレに歩み寄り、かがみ込む。
「月よ、この者を縛れる鎖を解き給え」
唱えるや、金縛りが終わる。オレは急に力が抜けて、へなへなとその場に座り込んだ。何も言えない。麗奈を見つめるしかない。
麗奈は、
「だめじゃない。飛び出そうとしちゃって」
うぐ……
うぐぐ……
叱られてるの? オレはヒーロー。だから、戦うのが仕事なんだけど……ヒロインを守って戦う。それができなきゃヒーローじゃない。そうだよね。
麗奈、微笑む。
「でも、私の事、助けてくれようとしたんだよね。ほんと、勇希は優しくてかっこいいよ。嬉しかった。ありがとう」
うぐ……
ヒロインにお礼を言われた。これって、まぁこれでよし、なの? なんだか違うような。そうだ。オレこそ麗奈に助けられた形になったんだけど、お礼を言う間もなく、
麗奈が、手を伸ばし、オレの頬をそっと撫ぜた。
うぐ……なにを……
「でも、勇希がどうしてついて来れたんだろう。こっちの世界に?
ひょっとして、幻影? 私の心が少し乱れちゃってたから、勇希の幻影を生み出しちゃったのかな。勇希についてきて欲しくて」
は?
また?
オレのヒロインは、何を言ってるんだ? いや、幻影じゃないよ。オレはまさしくヒーローとして、この場に呼ばれた……そうだよね。それに心の乱れって何? オレは麗奈の心の乱れかよ! 絶対、そんなんじゃないぞ! ちょっと、ここは、はっきりさせておかなきゃ……
でも。オレが何か言う前に。
麗奈が腕をオレの体に絡め、抱きしめる。
うおおおおおっ!
オレは、ボワっとなる。なんかずっと、ヒロインのターン!
オレはどうすりゃ……
麗奈は、両腕で軽々とオレを持ち上げる。また、お姫様抱っこ。
「さあ、帰ろう」
麗奈が言う。
なんだかこれって。完全にオレがヒロインになっている!?
オレを抱える麗奈。月光聖法衣姿。凛々しい。美しさと勁さ。全てを備えている。ヒーローの風格がある。
月の女神。白い夜の戦士。
周りが白くなる。白い靄。お。これはお帰りの時間か。オレは空を見上げる。煌々たる月。オレと麗奈を見下ろし、その光で、オレたち二人を優しく照らしている。
なんだか、祝福してくれているような。
やがて、全てが白い世界に溶ける。
◇
一瞬のことだった。時空転移……だよね。気がつくと、元の世界に。元の世界、夜の山。木立ちも、後ろの尼僧院の塀も門も、転移した世界と全く同じなんだけど、夜空には月が見えない。うん。こっちじゃ見えてなかった。こっちの世界ではありえない煌々たる輝きを放つ月だった。
オレは麗奈にお姫様抱っこされている。麗奈、もう月光聖法衣じゃなくて、ライトブルーのジャージ姿。月光杖も持っていない。オレが持っている2個の懐中電灯のライトがか細く光っている。たった今、あの門から出てきたところ。その瞬間に戻ったんだ。
何だったんだ。夢だ幻影だじゃなくて、時空転移だったはずだけど。過去の世界に微妙に干渉したよね? 時空がねじれてもつれてぶつかって交わって裂け目ができて穴ができて、そこに落っこちて、いろんなことが起きるみたい。
麗奈、じっとオレを見つめている。
そしてーー
「さ、行こう」
と言って、オレを抱えたまま、歩き出す。
麗奈はーー
あれを、自分の夢の中の戦いだと思ってるのかしらん。前にもこういう体験したことがあるみたいだ。いきなりああいう体験をしたら……夢だと思う。そうなのかな。
一瞬で、どこか別の世界に飛んで、あれこれ体験して、また元の瞬間に戻る。確かに、夢だ幻覚だ、そうとでも考えないと、辻褄が合わないだろう。
異世界への時空を超えた旅。
麗奈は、自分がしていることに、気づいていない。
オレは何も言わない。麗奈も黙っているし。他の人間の宿命に、無理に干渉するのがいいのかどうか、オレにはわからない。
でも、いつかオレが。
真のヒーローになったら。
きっと時空を超えた戦いの中で、麗奈を助けることができるだろう。
どんな時空だって。絶対に、オレはヒーローになる。
今は……お姫様抱っこされてるけど。
うぐ……
しかし、オレの右足、痛む。そうだ、治癒。麗奈、できないのかな。オレのヒーローパワーと同じで、この現世で力を使うのは、制約があるのかしらん。
このままお姫様抱っこされて宿舎に帰る?
かなり恥ずかしい。
オレは赤くなった。




