第245話 ヒーローの出番
煌々たる月に照らされて。
麗奈、月光杖を手に、佇んでいる。
オレは、声をかけようとした。なんて言えばいいのかよくわからないけど。
おや。
ゆらゆらとたなびく白い靄。うっすらとした靄だったのが、急に濃くなった。視界が白く。たちまち、周りが、見えなくなる。白いカーテンが下ろされる。
まただ。次は何が始まるんだ?
この感じ。
体にゾワゾワくる。
何度も体験している。時空の捩れや亀裂だ穴だ、そこから吹き荒れる未知の力の息吹き。これまで何度も感じてきた。
これはもう、間違いない。今度こそ、魔物登場だろう。
白い靄の中、オレは警戒する。
現れた。
白い靄の向こうに、大きな黒い影。いくつも見える。
靄は、またも、すーっと消えていった。急に視界が広ける。
黒い影は、はっきりとその姿を現した。靄の中からの登場。
オレたちが見かける現世のショーでは、誰かが登場する時、煙幕を炊いたりするけど、この世界の時空の狭間の法則を支配する奴も、やっぱり、登場シーンにはスモーク炊くのが必要だとか、考えてるのかしらん?
現れたのは。
まさしく魔物。
近い。
オレと麗奈から、10メートルといったところ。戦闘になるなら、もう攻撃の射程圏内だ。白い靄のスモークを利用して、不意に近くに。
猿だ。
見た目は、デカい猿。全身白い毛に赤い顔。白猿だ。体長3メートルといったところか。はっきりとした表情のある金色の瞳。白く長い尻尾を、ゆらゆらと振っている。
中央に一番デカい白猿。こいつがボスか。その両脇に、二頭ずつ、やや小さい白猿が並ぶ。全部で5体。猿の惑星状態。白猿どもは、腰にベルトに剣を佩き、手には丸い金属製の盾を持っている。剣と盾は西洋風。向こうの海賊だ山賊だが、使っているようなやつ。いろんな世界観がゴチャマゼになってる。
オレの胸に、ピカッと虹色の光が輝く。お、世告げの鏡、やっとご登場だ。
ーー 白猿鬼。敏捷で腕力が強い。高い知能を誇り、集団での連携作戦を得意とする ーー
むむ。案内がきた。ちょっと詳しくなってきた。見ただけじゃわからない情報が入っているっていうのはありがたいよね。白猿鬼……こいつも鬼なんだ。なんでも鬼だな。ま、猿は猿だ。
高い知能を誇る? わざわざそういうって事は、オレがこれまで戦ってきた連中、ネビュラやフィセルメは、それほど高い知能じゃないってことか。いや、許せよ、フィセルメ。オレが言ってるんじゃなくて、世告げの鏡が言ってるんだ。
白猿ども、頭を使った連携プレーで戦う? ちょっと自信ないかも。なに、オレはヒーロー。頭脳戦だって、絶対勝ってやるぜ! これでも1人黙々と学園の図書室で勉強してきたんだ。その成果を見せてやる。
ボスの白猿鬼の口が開いた。その声。オレの頭に直接届くような。麗奈にも、聞こえているだろう。交信方法も、ちょっと知的か。
ーー ここは我が眷属の霊山霊場霊域。人間よ。濫りにこの地を侵し、法術法力を用いること、許さぬ。
「そうだったの」
麗奈が答えた。オレは黙っている。ここで奴らと問答するのは、優等生に任せた方がいいような気がした。
麗奈は、月光杖を軽く掲げ、
「困ってる人を助けるため、力を使わざるを得なかったのよ。それにここは、人間の霊山霊場霊域でもあるのよ。私たち、もう、すぐ立ち去るから。それでいいでしょう?」
ボス白猿鬼の金色の瞳、不気味な光を発する。
ーー 我が領域で禁を犯した者、許すことはできぬ。ここから出すことは罷りならぬ。ここで果てるがよい。
五体の白猿鬼、戦闘態勢といわんばかりに、身をかがめる。
どうやら。〝最初から、話し合っても無駄〟なやつだったみたいだ。さっきの麗奈の魔法だか術だかを嗅ぎつけて、白猿鬼どもは現れたんだ。麗奈を抹殺するために。さっき坊さん達が、仏門の掟をまくし立ててたけど、魔物にも、領域ごとにややこしい掟があるようだ。
ともあれ戦闘だ。いよいよヒーローの出番。つまりオレのターン。麗奈はさっき、相手を金縛りにする補助魔法と回復の治癒魔法を使った。直接戦闘は、得意じゃない筈だ。どう見ても、神官か魔導士の装束だし。白猿鬼はきっちり武装したバリバリの戦闘タイプ。それもかなり強い。歴戦の戦士であるオレにはわかる。しかも、頭脳連携戦でくるという。
ここは、麗奈を後に下がらせて、オレが前に出て戦う。麗奈には後方から魔法で援護してもらおう。こっちだって連携プレーだ。
フッ、
いよいよこの勇者の華麗な戦い、我が可憐なヒロイン蘭鳳院麗奈に、見せてやるんだ。ヒロインを守るための戦い。
オレは決して力をひけらかしたりはしないが、今は必要な時。いいだろう。堂々と戦ってやる。そして見せつけてやるのだ。麗奈もオレのことを見直すだろう。なんだかこの勇者のことを随分勘違いしてるようだからな。何かと上から目線だし。
戦闘だ。オレは立ち上がろうとしてーー
「痛!」
うわっ、こんな時に。まだ、右足が痛い。捻ったか挫いたか。これじゃあ……ちょっとやばい。いや、かなりまずい。そうだ、麗奈、治癒ができるじゃないか。すぐやってもらおう。でないと戦えないし助からない。
「麗奈、大至急オレの足を治癒して……」
オレは必死に左足で踏ん張って立ち上がり、麗奈に手を伸ばすが、
「勇希、危ない! 下がってて!」
麗奈、顔は白猿鬼の群れに向けたまま、横目でオレを見て、ピシャリといった。有無を言わせぬ口調。
うぐ……
うぐぐ……
オレは、ヒーローだぞ! ヒロインに下がってろと言われて、はい、そうですかといくか!
「うおおおっ!」
オレは全力で足を踏ん張って、立ち上がる。すごい右足の激痛。
フッ
見たか。これがヒーローだ。ヒーローは、ヒロインを守るためなら、怪我の痛みなんて何でもないんだよ。激痛で額から汗をダラダラ流しながら、オレは、麗奈に微笑む。
「ダメっ!」
麗奈がこっちを向く。
「もう。勇希、なんで飛び出そうとするの? 無鉄砲なんだから。本当に危ないんだよ。ちゃんと考えなきゃだめ! そこでじっとしてて」
「麗奈、お前はオレが守る!」
オレは渾身の力で叫ぶ。我がヒロインに届け!この想い。
「本当に困った人ね」
麗奈はお澄まし顔をピクリともさせず、月光杖をオレにかざし、呪文を唱えた。
「月光縛鎖!」
月光杖の先端から流れ出す月の光がオレを包み込む。
「え、麗奈、何するの?」
オレは、身動きできない。しまった。金縛りの魔法だか術だか。なんだ? 全然体が動かない。ピクリとも。ただ、目がぱちくりするだけ。なぜか、足の痛みも感じない。
すごい効き目だ。
麗奈、月光縛鎖の効果を確認すると、また、プイっと猿軍団の方を向く。
五体の白猿鬼、麗奈を睨んでいる。ずっとだ。オレのことは全然見ていない。あの、ちょっと。ここにヒーローがいるんだけど。ねえ。
ちょっと!
ヒーローを差し置いて、戦闘ですか!
それはだめだって!
麗奈の魔法の威力は強力。もうオレは、声を出すこともできない。




