第244話 月光の女神
「なんだ、お前は!」
坊さんのリーダーが、長い棒を振り上げて言う。殺気立っている。殺生専門の坊さんみたいだな。
銀の錫杖に、月光聖法衣の麗奈、静かに進み出る。
「この方たちは、自らの意思で、2人で行こうと決めているのです。このままいかせてあげてください。何も悪いことではありません」
「黙れ!」
坊さんのリーダー、ますます殺気立つ。
「破戒は重罪だ。この霊山を汚したのじゃ。見逃すことはならぬ。邪魔立てするなら、お主も仏罰受けてもらうぞ」
テンプレ通りなお約束すぎる台詞に展開。みんな1度はテレビだなんだで、見たことあるよね。
脅しつけるように振り上げられた坊さんの棒を前に、麗奈、もちろん動じない。
戒刀をギラリと抜いた連中も、麗奈を睨んでいる。
「これが仏法じゃ。仏法の名において、我らは破戒を許さん!」
坊さんのリーダー、勝ち誇ったように叫ぶ。
「破戒を許さん!」
仲間の坊さん尼さん達も、皆、唱和する。
「逃げる事は、許さん!」
「逃げる事は、許さん!」
リーダーの音頭に、みんなで唱和。
話せばわかる状況ではない。
「仕方ありませんね」
麗奈、静かにいうと、銀の錫杖を高々とかざす。ふわっ、と月光聖法衣がひらめく。
「あまねく夜の世界を慈しむ月の名において、このお二人を護ります」
月? 夜空を見上げると、煌々たる月が。あれ?さっき月なんて見えなかったけど。でも今は、山の中、すごい月光が降り注いでいる。妙に明るい。こんなに明るい月明かり、見たことない。月の白い世界。
異様な月光の下、麗奈、銀の錫杖を、ビュウビュウと振る。
「月よ、我に加護を給え 。月光杖よ。その力を解き放て。翳を照らせ。そして縛めよ。月光縛鎖!」
銀の錫杖ーー月光杖っていうのかーーの先端の真紅の珠から、煌めく銀の光が流れ出した。それは渦を巻いて、麗奈と対峙する坊さん尼さんを包むんでいく。
坊さん尼さんたち、取り囲む光に、たじろぐ。そして、
ピタッと。
動かなくなった。声も出せないようだ。みんな、表情もそのまま凍り付いている。金縛りにあったみたいな。これが麗奈の術か。月光縛鎖。相手の動きを封じる。補助魔法ってやつ?
麗奈、抱き合って呆然となっている旅の男と尼さんの方へ歩む。
「さぁ、もう大丈夫です。お逃げください」
「ありがとうございます」
2人は言う。しかし、立ち上がろうとした旅の男、うう、と座り込む。腰を強かに打ち据えられたんだ。尼さんが、しっかりと男の手を握る。
麗奈、月光杖を、両の掌の上に水平に乗せて掲げる。棒体操とかでよくやるポーズ。
「月よ、祝福を授け給え、月の癒しの息吹き!」
またまた月光杖から、今度は柔らかい光が溢れ出し、旅の男を包みこむ。キラキラとした光。
「ああ」
男は声を上げる。でも、立ち上がる。もう腰は治ったようだ。信じられないという顔をしている。すごい。麗奈、治癒もできるんだ。
立ち上がって、手を取り合う2人。そのまま麗奈にしっかりと一礼する。
「助かりました。お礼の言いようもありません」
麗奈は微笑む。
「いいんですよ。すべては月のお導きです。さあ、早く」
二人は、もう一度深々と一礼すると足早に去っていった。
2人を見送った麗奈、十分逃げたのを確認すると、また月光杖を高く掲げて、
「月よ、縛めを解き給え」
と、唱える。
すると。
金縛りにあったように身動きできなくなっていた追手の坊さん尼さん、急に体の力が抜けたようになって、フラフラと、動き出す。そして尼さんは尼僧院へ、坊さんは木立の奥へと、消えていった。何があったか忘れたようだ。麗奈とオレのことも、目に入らないみたい。
後の残ったのは、へたりこんでいるオレと麗奈。
煌々たる月の光をいっぱいに浴びて、月光聖法衣をひらめかし、月光杖を掲げる麗奈。
神官だ魔導士だというより、月の女神、そのもの。
別世界な雰囲気ーーいや、まさに麗奈は自分の世界に立っている。
月光の世界。白い世界。その世界の女神。




