第243話 ヒロインの出番
林間学校の女子の宿舎の尼僧院。それをぐるっと取り囲む塀にある〝帰らざるの門〟〝結びの門〟
そこから、昔の伝説通りに、旅の男と尼さんが、手をつないで飛び出してきた。
昔あった通り。いや。違う。確か、旅の男は、塀がたまたま崩れて穴が空いていたのを見つけて、中に入ったんだ。2人が出会った時、まだこの門はなかったはず。でも今はしっかり門があって、そこから2人が飛び出してきた。
何なんだろう。やっぱりこれ、昔の記憶が甦って今の現世といろいろ混じってできた幻影なのかな。
「待てーっ!」
門から、尼さんが3人、現れた。逃げた2人を、追いかけてるんだ。尼さんが外から入ってきた男に、連れ出された。確かに大事件だろう。
旅の男と逃げた尼さん、一瞬、追手を振り返るが、お互い顔を見合わせて一つうなずくと、また前を向いて、手をつないだまま、逃げようとする。
が。
「逃がさんぞ」
向こうからも、人影が現れた。黒い法衣の坊さんだ。5、6人いる。みんな屈強な体。長い棒を手にしている。一体どこから湧いてきたんだ?
坊さんと、尼さんが、逃げた2人を取り囲む。
「なんという破戒じゃ!」
追手の尼さんが叫ぶ。もう、この世の終わりみたいな悲痛な声。
「仏法に従い、裁かねばならぬ。仏罰きっちり受けてもらうぞ」
棒を手にした坊さんも凄む。
剣呑な雰囲気だ。
でも、これ。昔あったことと、そっくりそのままじゃないよね。なんだか違うような。逃げた途端、こんなに追手に取り囲まれるなんて。
やっぱり、時空の記憶が入り混じった、幻影なの?
「助けなきゃ」
麗奈が言った。
え? これ、絶対、幻影だよね? 違うの?
オレは、麗奈を見上げてーー
「あっ!」
オレをお姫様抱っこしている麗奈。さっきまでジャージ姿だったんだけど、今は……違う。
なんだ、この服は。
◇
ゆったりとした、白いガウン……て言うの? いや、もっとゆったり感があって。白地に金糸銀糸の模様がたくさん刺繍してある。青いラインで、複雑な紋様が描かれている。襟飾りや、赤や青のこれも刺繍いっぱいの前垂れをぶら下げて。白い素足には金のサンダル。頭には、煌めく宝石を散りばめた金の冠。
麗奈、いったい君は?
オレ、キョトンとなって、何も言えない。ただ、口をあんぐり。
麗奈はオレを見下ろして、
「驚いた? 月光聖法衣よ。私のこの姿見たの、勇希が初めてね。でも、これって……私が夢の中に勇希を呼んじゃったってことなのかな?」
夢……麗奈はこれを夢だと思っている? でも、いや、絶対違う。現世だか幽世だか、なんだかわからないけど、夢ではない。そうはっきりと言える。
「さあ、仏罰じゃっ」
向こうでは。坊さんが棒を振り上げ、逃げた尼さんを打ち据えようとする。荒っぽいなぁ。
ビュウッ、
振り下ろされる棒。危ない。尼さんの前に、旅の男が立ちふさがる。
バシッ、
棒は男の腰に当たり、やばい音がする。ああ、と呻き声を上げ、男は崩れる。倒れながら、男は必死に、
「私です。私が悪いのです。私が無理矢理この人を、連れ出したのです。罰は私が受けます。どうかこの人のことはお許しを」
「いいえ」
逃げた尼さんが、旅の男に取りすがる。
「私が、一緒に行こうと言ったのです。私がこの方を迷わせたのです。罰は全て、私が受けます。どうか、ご慈悲を」
必死にお互いかばい合う一目惚れ両想いの2人。でも、これはかえって取り囲む坊さん尼さんたちを、エキサイトさせた。
目ん玉をひん剥いた坊さん、棒を高々と振り上げる。
「おのれ、どこまでも仏法を汚す者、非道没義道破戒道畜生道三千世界の剣が峰を踏ませてもまだ足りぬ悪行諸行この霊山霊場におわす御仏の名において、決して許すまじ。無間地獄焦熱地獄阿鼻地獄叫喚地獄に突き落としてくれるわ。さあ、覚悟せよ!」
さすが坊さんだ。言葉を知っている。ポンポン出てくるなあ。
ちょっと感心した。あ。
棒を振り上げている坊さんの脇の坊さんたちが、ギラリと刀を抜いた。え? 戒刀っていうやつ? ここでいきなり処刑? 裁判とか無しに? この調子じゃ、裁判したって、結果は変わらないんだろうけど。
さすがにちょっとこれまずくない?幻影なのか現実なのかよくわからないけど。
ここはヒーローの出番。絶対そうだ。
オレは覚悟を決める。行かなきゃ。ところでオレは今、お姫様抱っこされている。まずは、下ろしてもらわないとーー
「勇希、ここで待っててね。じっとしてて」
麗奈が言って、オレを地面におろす。痛、右足が地面についた時、強い痛み。痛みの感覚は本物。座り込むオレを後に、麗奈、進み出る。
その手には、なんだ? 錫杖? 銀色の棒。先端が、鈎状になっていて、真紅の大きな珠が嵌こんである。
銀の錫杖を手にした麗奈。どう見ても、ファンタジーに出てくる神官とか魔導士の装束だ!
「おやめなさい」
麗奈の静かな、確固たる声。夜の山に、強く響く。
逃げた2人と、取り囲む坊さん尼さん、一斉にこちらを振り向く。これまでは、オレたちが全く見えてなかったみたいなのに。
麗奈の声が聞こえてるんだ。
これは幻影とかじゃなくて。何はともあれ、現実。
そして、ヒーローしちゃってるのは、ヒロインのはずの麗奈。




