第242話 お姫様抱っこされる魔剣少女
結びの門。帰らざるの門。
麗奈、閂を外す。ずっと閉じていて、結構錆び付いてるみたいだったけど、思いのほか、あっけなく外れた。
ギイイ、と麗奈が門を開ける。
「開いたよ。さ、行こ」
麗奈の腕が、オレの体に伸び、抱え起こす。
「うぐ……痛……」
「支えられて立ってても、痛いんだ。じゃあ、しょうがないね。私が背負ってあげる。さぁ、私の背中につかまって」
「え?」
オレは、ゾクッとなる。麗奈は、好意で言ってくれてるんだけど、なんだか体がガタガタに。ならないわけにはいかない。おんぶされる……て、ことは、オレが、麗奈の白い首筋に、しっかりつかまって麗奈の髪の甘い匂いの中に顔を埋めて……
うわああああっ!
ちょっと……心の準備とか、そういうの、できてないよ!
それに、それに、それに、そのまま。
2人でこの門を、結びの門を、通っちゃって、いいの?
まずくないかな。色々と。この門を2人で一緒にーー
それってーー
「もう、勇希、どうしたの? ここでぐずぐずしてても仕方がないじゃない。さぁ、行くからね。抱えるよ」
麗奈はそう言って、動けないオレの体に手を回し、よいしょっと難なくオレをお姫様抱っこした。
うぐぐ……
お姫様抱っこされた!
オレの頭、真っ白に。オレ、ヒーローなんだよね。ヒーローがヒロインにお姫様抱っこされちゃった。何やってんだ。どういうことだ。これでいいの? 麗奈、お前は、男の坂道を上るオレの目の前をふとよぎるひとひらの花びら……そうじゃなかったっけ? オレたち、ひょっとして、それ以上の、何かーー
「私の懐中電灯も持って」
麗奈に言われたオレ、素直に懐中電灯を二個持つ。
麗奈、オレを抱えたまま歩き出す。麗奈の髪が、サラサラと、オレの頬を撫ぜる。甘い匂い。もう何度目かだけど、すごく息が苦しい。呼吸が止まりそうな。
オレは……麗奈と密着している。お姫様だっこだから、くっつかざるを得ない。体温、心臓の鼓動を感じる。いや、オレの心臓こそバクバクしてるんだけど。密着したの初めてじゃないけど。そしてこのまま二人で。いいのかな。帰らざるの門。あそこをくぐったら、もう、戻れないーー
動転しているオレのことなど意に介さず、麗奈はオレをお姫様抱っこしたまま、門をくぐる。くぐっちゃった。
「勇希、閉めて」
両手が塞がっている麗奈の代わりに、オレが門を閉める。
「後で、内側から閂下ろしおくから。それで、問題ないでしょ」
麗奈、木立のなか、歩き出す。
「まっすぐ行けば、道に出るよね。そしたら宿舎まで下りていけばいいんだよね」
いい終わると同時に。
ゾワゾワっと。
妙な感覚が。あ、これは。時空の歪み。お馴染みのビリビリ感。
またまたきたんだ。時空転移。この感覚は、間違いなく時空転移。
急に白い靄が出てきた。白い靄、たちまち広って、オレと麗奈をあっという間に包みこんだ。辺り一面真っ白な世界。何も見えない。
◇
白い靄、ゆっくりと晴れていく。いや。晴れると言うのはおかしい。靄が薄くなるというか。白い靄は、微かにたなびいたまま、消えない。でも、周囲の光景は、見えるようになった。
なんだ。幽世か? どんなとこに呑み込まれたんだ? 周囲の光景。あれ? おかしい。靄が出る前と変わらない。夜の森。振り返ると、後ろに塀と門。たった今くぐった、帰らざるの門。そのままの景色だ。
時空転移していない? そういえば、世告げの鏡も現れない。
でも、間違いなく異世界召喚の感覚だった。
オレはーー
麗奈にお姫様抱っこされたまま。さっきからと同じ体勢。
あ。
気づいた。
麗奈が、じっとオレを見下ろしている。
吸い込まれそうな瞳。
「ねぇ、勇希、なんでここにいるの?」
「は?」
なんでって? オレは混乱しまくる。てっきり時空転移異世界召喚だと思ったんだけど。オレが麗奈を巻き込んで、ま幽世に連れて行っちゃった。そうじゃないの?
ここにオレ、いちゃいけないの?
「ここは、私の夢よ」
麗奈が言う。
夢?
なんだ?何を言ってるんだろう? そんなことはない。いや、絶対違うよ。なんで夢だなんて思ってるんだ?
「勇希、とうとう私の夢にまでついて来ちゃったんだ」
麗奈、ふっと笑う。
「不思議ね。学園で席が隣ってだけなのに」
うん。君は色々と不思議。つくづくそう思うよ。
「あ、来る」
麗奈が言うや、
バタン!
尼僧院の門、帰らざるの門が、勢いよく開く。
そして、男と女が、飛び出してきた。男は旅装束姿。時代劇でよく見る昔の旅装束の姿。行李を担いでいる。女は、頭巾をかぶった尼僧。尼さんだ。旅装束の男が、尼僧の手を引いている。
「さぁ、いきましょう。早く!」
男が言う。尼さんもうなずく。2人は手をつないだまま、走り出す。
え? これは何?いったいオレは何を見てるの? これって、ひょっとして、仁覧和尚が話してた、昔の出来事? 偶然尼僧院に入った旅の男が、尼さんと、一目惚れ両想いになって、一緒に逃げ出したとかいうーー
これは、過去の光景?




