第240話 秘湯の魔剣少女 また温泉回!
「あ、勇希!」
「勇希が帰ってきた!」
クラスのみんな、口々に叫ぶ。
オレは斜面を上って、無事に帰れた。クラスメイトたちの懐中電灯がオレを取り囲む
「ほんと心配したよ。よかった、無事で。ごめんね。こんなにびっくりするとは思ってなかったの」
白髪白塗りに紫の瞳の幽霊女が言った。蘭鳳院麗奈。やっぱり、正体は麗奈だった。少しは心配してくれてたらしい。もう。変なコスプレするなよ。
満月が得意然と、
「男子にお化け役をやってもらうだけじゃなくて、お化け役の男子をびっくりさせたら面白いだろうと思って、麗奈に幽霊の扮装してもらったの。ちょっと大成功しすぎたね。まさか、怖がって山から転げ落ちちゃうなんて。みんなびっくりしたよ」
「麗奈の幽霊コスプレ、すご過ぎる! これなら誰だってびっくりするよ」
「蘭鳳院さんの幽霊綺麗! こんな綺麗な幽霊見たことない!」
クラスの連中、勝手なことを言って、盛り上がっている。こっちが危ない目にあったっていうのに。
白の鬘に紫のカラーコンタクト、白塗りメーキャップの麗奈。確かに……ゾワッとくる。別世界感がパワーアップしまくっている。それはオレも認めるけど……
「今日の肝試しの怖がり大賞は、勇希で決まり!」
満月が叫ぶと、みんなパチパチと拍手する。
おい、貴様ら、いい加減にしろ。
山頂でみんなで記念撮影して、肝試し大会は、お開きとなった。
幽霊コスプレの麗奈は、お澄まし顔で、河童のオレの横にピッタリとついていた。河童と美少女幽霊のツーショットも撮った。みんなにキャーキャー言われながら。
◇
女子と男子。それぞれ尼僧院と僧院の宿舎に戻った。
さっそく男子連中、歓声を上げて、温泉大浴場に繰り出す。オレは、もちろん大浴場には入れない。ちょっと疲れたからとか、苦しい言い訳をして、僧坊に残る。
天然温泉大浴場か。いいな、みんな。個室シャワーもあるけど、そんなとこいったって。
ふと。さっき仁覧和尚が案内してくれた、隠し湯を思い出す。
ーー この聖なる山の霊気をいっぱいに吸いながら湯に浸かると、実に気持ちよいぞ ーー
うん。そうだ。そうに違いない。さっきは、みんなを待たせていたから、湯に浸かるどころじゃなかったけど。
今なら。
もう、あの和尚も、誰もいない。1人でゆっくり、静かに、存分に隠し湯を楽しむことができる。
そうだ。絶対、宿舎の天然温泉大浴場より、楽しいに違いない。
フフッ、
みんな、せいぜい大浴場でキャッキャしてるがよい。オレは山の霊気一杯の隠し湯へ行くぞ。
思い立ったら、体がムズムズして止まらない。タオルに懐中電灯、ジャージ姿で、宿舎を飛び出した。
山の中。もちろん電気は無い。でも、場所を知ってれば、そんなに探すのは難しくなかった。尼僧院を囲む塀沿いに上って、例の門の近くまで行き、付近を探す。
あった。
小さな隠し湯。
トコトコと、静かな音を立てながら、湯気をユラユラ揺らしている。
まさに秘湯。鎌倉の時は、結局オレは秘湯に入らなかったからな。ここはゆっくり浸からしてもらおう。
懐中電灯で、秘湯をくまなくーー
「ギャッ」
声がして、何かが動いた。なんだ?身構えるオレ。湯に、黒い影が見える。よく見ると、
「なんだ、猿か」
猿の小さい頭が、湯の上に並んでいる。三頭?四頭? 猿どもは、懐中電灯のライトにまぶしそうにしているが、逃げない。ほんとに観光客慣れしてやがるんだな。
「先客か。驚かせて悪かった。別に、オレはお前たちの邪魔をしないぞ。一緒に入ろう」
猿と一緒の湯。大自然らしくて、いいじゃないか。猿に見られたって、もちろん問題ない。オレは服を全部脱ぐと、湯に入った。
おお、気持ちいい! ちょっと熱いかな。でも、本物の天然温泉! 猿どもも、逃げずに、そのまま浸かっている。
オレは、懐中電灯を消した。真っ暗。秘湯を囲む樹々のこずえの上には、満天の星が見える。本当に綺麗。クラスのみんなは大浴場でワイワイキャッキャしてるだろうけど、オレはここで1人孤高のヒーロー風呂だ。
ふう、と息をついて、いい気持ちでいると、
ガサガサ、
目の前の木立ちが揺れる。
なんだ、また猿か?
「ここ着いた時、宿舎の周り歩いていて見つけたの。ここに温泉があるんだよ」
え?
懐中電灯の明かりが。人影がいくつも現れた。そしてこの声は。
満月妃奈子!
オレは、声を上げそうになったが、必死に抑える。
えええっ!
猿どもよりやばい女子どもか! 満月、この秘湯を偶然見つけた? さすがインフルエンサー映え女子、なんという嗅覚、本能だろうか。いや、感心してる場合じゃない。
「秘密の露天温泉。ドキドキするね。だけど、誰かに見られないかな」
この声は。奥菜結理だ。結理ちゃんまで来てるんだ。何やってるんだ。
「平気平気。真っ暗だから、見えないよ」
「思いっきり浸かっちゃおうよ!」
女子たちの、キャッキャした声。
クラスの陽キャ女子グループもみんな来てるみたい。
やばい。これはかなりやばい。
オレは慌てて岩陰に隠れる。
もう女子たち、懐中電灯で、温泉を照らしている。
ライトが、オレのすぐそばまで。
「あ、猿だ!」
「かわいい!」
「一緒に入るの? 大丈夫かな!」
「猿は襲ってこないよ。男子と違うから」
キャハハ、女子たちの笑い声。
女子たち、猿がいても、平気で隠し湯に入ってくるつもりらしい。まずいな。ここでオレが、今、温泉に入っているから、オレが出るまで、向こうで待っててと声をかけたらどうなるか?おとなしく向こうに行ってくれる?いや、満月のことだ。きっとここぞとばかり、
「えー、ラッキー!やっぱり私たち、運命の星で結ばれてるのね! ここは混浴よ! ね? 絶対一緒に入るから!」
間違いなく、無理矢理混浴させられる。素っ裸で突撃してくる……そういう奴だ。混浴というか、オレは女子だから混浴じゃないけど、余計にまずい。普通の男子なら、女子たちと混浴できて嬉しいのかもしれないけど、オレの場合、全てが終わっちゃう。ここにいるのがバレたらまずい。女子たちにとっ捕まる前に、逃げなきゃ。
おや。
ライトが下に。女子たち。懐中電灯を地面に置いた。これから脱ぐんだ。
満月も。奥菜結理まで……クラスの女子たちが……
ズキュッ!
なんだ。このところ、クラスの女子たちがオレの前で、やたらと脱ぎまくっている。何が起きてるんだろう。これが宿命なのか? いや、そんなこと言ってる場合じゃない! まだ、オレに懐中電灯の光が届いてない。今のうちだ!
オレは石を拾って、反対側に、ビュッ、と投げる。石は、樹の幹に当たって、大きな音を立てる。
「なに!?」
女子たち、一斉に振り向いたようだ。今だ。
バシャッ!
オレはライトを避けて隠し湯を飛び出し、服とタオルを引っ掴むと、木立の奥へ、駆け込む。
「何? 今、何か温泉から飛び出したよ」
「猿が1匹、逃げ出したんじゃないの?」
よし。女子ども。オレに気づかなかった。助かった。
樹の陰で急いで体を拭いて、ジャージを着る。
あ。
懐中電灯が無い。しまった。どこにやった? あれがないと、この山の中、宿舎に戻るのは難しい。
焦ってキョロキョロするオレ。
え?
樹上に、ライトが。
あれは。猿だ。猿が、オレの懐中電灯、持ってっちゃったんだ。
いじってるうちに、ライトをつけたみたい。
おい、返せ。それ、オレのだぞ。
猿を睨むが、向こうはお構いなしに懐中電灯を振り回している。
一難去って、また一難。これが、男の坂道。




