表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

239/274

第239話 帰らざるの門




 山の斜面をゴロゴロと転がる。こういうの多いな、あちこちぶつかった挙句、ドシン、と草地に落ちた。痛え。でも、斜面が比較的緩かだったのと、分厚い河童(カッパ)のキグルミのおかげで、あまり大した事はなかった。


 起き上がる。クソッ、あの紫の瞳の白面女、最後聞こえたのは、間違いなく麗奈(りな)の声だよな。幽世(かくりょ)魔物(モンスター)じゃなくて。麗奈(りな)が仮装でもしてたのか? 迷惑な。こっちは常在戦場モードだから、あんなことされたら、魔物(モンスター)だと思っちまう……



 さて、戻るか。この斜面、そんなに急じゃないから、何とか登れるはずだ。上の方からは、勇希(ユウキ)ーっ、と、声がしている。懐中電灯のライトも見える。なんだかんだで、みんな心配してくれてるんだ。そっちに向けて、俺も大丈夫だよと大声を出そうとしたその時、


 背後に人の気配。オレはぎょっとして振り向く。


 黒い人影。向こうは懐中電灯で、オレを照らす。


 「なんだ、河童(カッパ)か」


 人影が言う。なんだ河童(カッパ)って……この辺じゃ、河童(カッパ)が普通に棲んでいるのか? あれ? この声、どこかで聞いたことあるような……


 人影は、オレに近づいてきて、さらにライトを向けて、オレの顔を覗き込む。


 「おや、なんと。見知った顔じゃな」


 え? オレはライトに照らされて目をぱちくりしながら、相手を見定める。


 「あ」


 人影。つるつるに剃った頭に、袈裟法衣。坊さんだ。オレのよく知っているーー


 「仁覧(じんらん)和尚!」


 現れたのは、鎌倉の廃寺で会った怪しい生臭坊主仁覧(じんらん)和尚だ。


 「あの……なんでここに?」


 オレは、目をぱちくり。


 「それを聞きたいのはこちらじゃ。鎌倉で女成寺に迷い込んできた高校生じゃな? お主こそ、その格好で何をしている。俗世間を離れ、ここで河童(カッパ)をしておるのか? 諸行無常じゃのう」


 「あ、いや」


 オレは、林間学校でこの山寺に宿泊に来て、肝試しをしてたら、山頂から転げ落ちたと話す。


 仁覧(じんらん)和尚、大声で笑う。


 「そうか。確か今日は、高校生の一団がお客だったのう」


 「で、和尚さんは、ここでなにを?」


 「わしか。わしはここの住職じゃ」


 「え?」


 「前に言ったじゃろ? 他の寺で住職をしていて、女成寺には、たまに行くだけじゃと。普段はこの寺にいるのじゃ」


 仁覧(じんらん)和尚がこの寺の住職? じゃあ、この派手に観光ビジネスしてる寺のトップってことか。どおりで生臭なんだ。しかも、校長と昵懇てことになるんだよね。なんだかますます怪しい。


 仁覧(じんらん)和尚、ふふ、と笑い、


 「面白いものを見せてやろう。やはりおぬしとは仏縁があるのう。ついてくるがよい」


 「でも、みんな心配してオレを探してるし」


 「なに、すぐじゃ。仏縁は大切にせんといかんのう」


 と言って、スタスタと歩き出す。


 なんだか。オレも断りきれずについていく。今度は何を見せてくれるんだ? また髑髏とか? もうこの現世(うつしよ)で、びっくりさせられるのは、やめにしてほしいんだけどな。



 ◇



 「ねぇ、どこに行くんですか?」


 仁覧(じんらん)和尚、暗い山の中を、勝手知ったる我が庭のように、スタスタと歩いていく。オレは、山の上に、懐中電灯を落としてきてしまった。和尚のライトが頼りだ。


 「ほれ、もう目の前じゃ」


 え?


 目の前。和尚が、懐中電灯で照らす。


 「あ、これ……」


 木立の間、岩がむき出しになっていて、小さな泉がある。いや、湯気が立っている。ひょっとして温泉?


 「ここの自慢の隠し湯じゃ。この聖なる山の霊気をいっぱいに吸いながら湯に浸かると、実に気持ちよいぞ。わしはここで一風呂浴びて、散策しながら涼んでおったのじゃ。まさか河童(カッパ)がおるとはな。お主も浸かってゆくか?」


 仁覧(じんらん)和尚、ニヤリとする。


 またまた名物隠し湯秘湯の登場か。そういえば、宿舎の僧院の大浴場も、天然温泉と言っていた。この山、温泉場なんだろう。それにしても、この生臭坊主、ただ温泉に浸かりたくて、坊さんやってるのか?


 「いえ、結構です」


 みんなオレのことを心配してる筈だ。のんきに湯に浸かってる場合じゃない。

 

 戻ろうとするオレを、仁覧(じんらん)和尚、引き止める。


 「もう一つけ、面白い話をしてやろう」


 「なんです?」


 「来るがよい。すぐ、そこじゃ」


 またまた、スタスタと歩き出す。なんだかオレ、ついていくしかなくて。


 小さな隠し湯から少し行くと、塀にぶつかった。


 和尚がライトを当てると、そこに小さな門があった。ピッタリと閉じている。


 「この塀は、尼僧院を囲んでいる塀じゃ」


 尼僧院。男子禁制エリアは、すっぽりと周りを塀で囲われているって話だ。ここまで塀が続いているってことは、結構広いんだな。


 「そして、この門は、帰らざるの門。または結びの門ともいう」


 「帰らざる? 結び?」


 「そうじゃ。今は使ってない。この門には、面白い話があるのじゃ」


 仁覧(じんらん)和尚は話し出した。


 ーー 大昔、この山の僧院も尼僧院も、大層栄えておった頃のことじゃ。この山に迷い込んだ旅の男がいた。ここが寺の領域とは、知らんかったのじゃ。山の中で道に迷い、日も暮れた。仕方ない、野宿するかと思っていたところ、ちょうどこの門のところ、塀が崩れているのを見つけた。ほれ、お前さんがこの前、女成寺に入った時のように、塀が崩れていたのじゃ。旅の男は、今日はここに泊めてもらおうと、中に入ってしまった。もちろん男子禁制の尼僧院じゃ。男が入っただけでも、大変な罰当たりじゃ。塀の崩れから入った男を、若い尼僧が見つけ、咎めだてをした。すぐ追い出そうとしたのじゃ。ところが、男の方は、尼僧を見ると、懸想してしまったのじゃ。そして、尼僧の手を引いて、塀の崩れた穴から、外に連れ出してしまったのじゃ。


 「うわ」


 ここまで聞いたオレは言った。


 「とんでもない罰当たりですね。こっぴどく怒られたでしょう」


 「ところがじゃ」


 仁覧(じんらん)和尚、ニヤリとする。


 「尼僧の方も、男に懸想してしまったのじゃ。一目惚れというやつじゃな」


 「え? 両想いの一目惚れ? そんなことあるんだ」


 「あったのじゃ。尼僧はそのまま寺を出て還俗し、男と一緒になったのじゃ。その後、塀の崩れにこの門をつくったのじゃ。ここは帰らざるの門と呼ばれるようになった。尼僧が還俗して、寺を出る時は、この門から出るようになった。そして、結びの門とも呼ばれるようになった。女子(おなご)男子(おのこ)が一緒にこの門を出ると、必ず結ばれる、そう言われるようになったのじゃ」


 和尚の話が終わった。例によって、恋愛成就の話だ。何なんだ。一体? この和尚、恋愛成就専門の坊さんなのか? ここを恋愛成就の聖地として売り出そうとでもしてるのか?


 「ふふふ、もっとも、昔の話じゃ。この門は、内側からしっかりと閂を下ろして、もう長く開いてはいない。だが、面白い話じゃろ。お主も、誰かと結ばれたいと思ったら、この門を一緒にくぐってみるがよい」


 え?


 いきなり何?


 「あの……そもそも、尼僧院は今でも男子禁制なんですよね? オレがそっちに行ったら、まずいんじゃないんですか?」


 「ふふふ。それはどうかのう」


 和尚の笑い。どういうことなんだろう。そもそもなんでこの坊さんが、オレの恋愛成就を後押ししてくれるんだ?


 なんか剣呑な雰囲気だ。深みに嵌るとまずい。


 「面白い話、ありがとうございました。みんなが心配してると思うんで、そろそろ帰ります」


 「ふふ。達者での。この山寺を、楽しんでいっておくれ。わしの懐中電灯をもっていくがよい。ここはわしの庭先でな。わしはなくても構わんのじゃ」


 オレは、ありがとうございますと、一礼して、懐中電灯を受け取り、引き返す。


 戻るぞ。みんなの所へ。


 帰らざるの門。結びの門。最後に一度だけ、振り返った。ピッタリと閉じている。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ