第237話 林間学校始まる
林間学校で宿泊する寺。山寺なので、山道をかなり上った中腹にある。しかし、寺のすぐ前まで、道路が舗装されていて、でっかい駐車場もあった。すべては便利で快適な旅館ホテル風になっている。山寺と聞いてやや不安だった学園の生徒たちも、ほっとする。なんだかんだ、エリート校の嬢ちゃん、坊ちゃんたちは、快適な生活しか知らないのである。
道の左側に、男子が宿泊する僧院がある。そして、そこからまたずっと道路を上ったところの右側に、女子の宿泊する尼僧院がある。一応、寺なので、女子と男子の空間は、分かれているのだ。尼僧院のほうは、ぐるっと塀で取り囲まれていて、今でも、厳重な男子禁制スポットだという。少数の尼さんと、観光客相手の女性スタッフがいる。古くからの由緒ある男子禁制スポットに宿泊できるというのが、最近の女性客に人気なんだそうだ。
「なんで、尼僧院の方が、山の上のほうにあるんだろう?」
男子から声が上がった。
「それはもちろん」
満月妃奈子が、ニヤリとして言う。
「女子は上流の清き水を、男子は下流の濁った水を使いなさい、そういうお定めってことね」
「なにそれ、差別ーっ!」
男子が騒ぐ。
女子と男子は僧院と尼僧院に分かれ、クラスごとに割り当てられた僧坊に荷物をおろす。僧坊というのは、でっかい座敷だ。ここに布団敷いて、クラスの男子連中と一緒に泊まるんだ。校長の言ってた通り、かなりスペースがある。何とかなるだろう。
一息つくと、いよいよ山登り。
道は山頂まで続いている。舗装道路は途中で終わっていて、頂上に行くには、普通の山道だ。
さすがに、結構険しい。たいした距離じゃないが、文化部帰宅部の連中は、ゼーゼーと息をし、バテている。運動部連中は、山の空気をいっぱいに吸ってハッスルしている。
オレもアウトドア派だし、鍛えている。こんな山道、なんでもない。
いい気分に浸っているとーー
ガサガサ、
木の陰に。何かが動く。ただ、反射的に、オレは警戒した。そう、常在戦場なのだ。
「あ、猿だ」
「かわいい!」
樹上に姿を現したのは、猿。何頭もいる。
赤い顔で、木にぶら下がって、こっちを見ている。観光客慣れしてるらしく、あくびをしている。こっちは山猿が珍しいけど、向こうは人間は別に珍しくない。
「気をつけて、さっき、お坊さんが話してたでしょ。ここの猿は観光客慣れしてるから、近づいてきて、観光客の物を引ったくったりするんだって」
剣華がみなに声をかける。
観光寺に観光客に観光耐性猿。
のんびりした山の光景。
山の頂上の手前に、キャンプ場やバーベキュー場があった。みんなたどり着く。青空がいっぱいに広がっている。
水道設備や道具に食材、薪も完備。いよいよ林間学校らしくなってくる。
みんなでバーベキューの準備をする。
オレは、こういうのはお手の物なので、薪組んだり、焚きつけしたり、オレに任せろ状態。
「一文字君、さすがーっ!」
「凛子様のお眼鏡にかなうだけあるね!」
「勇希のお嫁さんになりたいかも!」
いってるのは満月。映え女子を嫁に何かしたら大変だ。365日オレの生活が実況されちまう。耐えられる男っているのか?
ラグビー部の巨漢坂井は、細かい作業が得意のようで、丁寧に野菜を切っている。こちらも女子に好評。
「坂井君、すごく仕事が丁寧で綺麗!」
「絶対、お婿さんにしたい!」
坂井、赤くなっている。
女子どもに応援されて、男子連中は妙に盛り上がり、バーベキューに、山盛りの鉄板焼きそばを完成させる。
山での飯。オレは、運動部軍団に負けないくらい、猛然と食う。猿どもが、樹上から、物欲しそうに、オレたちを眺めていた。
飯も終わり、片付けして、山の中でキャッキャッ騒いで。
薄暗くなってくる。宵の口だ。キャンプ場の電灯がつく。
「みなさーん、いよいよ本日のメインイベントです!」
興奮気味で声を張り上げているのは、樫内。ガリ勉秀才メガネモヤシで、もともと、隠キャだったのだが、クラスで満月の隣の席になった影響で、妙にハッスルキャラになっている。満月と二人で、クラスのイベント実行委員という役廻りである。ここに来る途中の山道では、完全にバテて青くなり、柔道部の柘植に背負ってもらっていたのだが。
「我がクラスは、肝試しを行います!」
樫内、すっかり元気回復している。
「フォークダンスとかじゃないの?」
声が上がるが、樫内は、自信満々。
「肝試しです! 伝統の誉高い我ら天輦学園生にふさわしい知的なイベントを行います! お化けに扮装して、おどかす側、おどかされる側に、別れます。肝試しする側が、ここから先の山の頂上を目指し、その途中に待ち伏せしたお化け役が、怖がらせて、登頂成功を、阻止します。みんな、がんばりましょう!」
「肝試しする側が女子、お化け役は男子ね。これでいいでしょ?」
満月がニヤリとして言う。
オー、と女子たちは拍手。
なんだ? 知的なイベント? ただ、女子たちが、男子のお化けコスプレを、面白がりたいだけなんじゃないのか?
女子たちは無論全員賛成。それに樫内の1票が入るから、それで決まり。樫内め。まんまと満月の掌で踊らされているな。
肝試しのお化け役か。
いいだろう。受けて立つぞ。女子どもめ。男子をナメるなよ。思いっきり怖がらせて、1人だって登頂成功させないからな。




