第235話 鏡の始末
幽世の銀の迷宮で。
城の主でありこの領域の王である魔族、銀の御嗣ネビュラは、じっと、自分の手を見つめていた。
現世から来た人間の戦士、一文字勇希に傷つけられた体は完全に癒えた。
だが。
向こうの世界。現世、人間世界に伸ばした糸は、ぷっつりと切れてしまった。勇希につけた銀の鱗粉が、消滅してしまったのである。気づかれたか。もう、向こうの世界のことは、わからない。時空の裂け目も、見失った。
あの3人。
ネビュラは、苛立たしげに、舌打ちする。
しくじった。斃されたらしいな。あと1歩だったのに。
まぁ、いい。
ネビュラは、一文字勇希、そして小さな太陽である蘭鳳院麗紗を、決して諦めたわけではない。
いずれまた、勇希は幽世に来る。相見えることができる。
強い確信があった。ネビュラに冷たい笑みが零れる。
その時は、必ず囚える。必ずや、この、我が手にーー
ネビュラの体から、ユラユラと銀色の光の炎が立ち昇る。
◇
勇希は、学園での、グターっとした日々を取り戻していた。何もない平和、これが1番よろしい。
「ねえ、勇希、凛子様が勇希を見る目線て、なんだか特別じゃない? やっぱり何かあったんでしょ? 何? 教えてよ」
満月にせっつかれる。知らねーよ。とにかく、ことは済んだ。もう解決したんだ。そうだよね。
でも。
強烈に目に焼き付いた麗奈の金百合柄の下着姿、剣華の純白の下着姿、それが時々、頭にチラチラしてしまうのであった。
赤くなったり青くなったりする勇希に、剣華は、微笑みかけてくる。少しは、信頼度が上がったような。
◇
鷹十条の家では、伝統の様々なしきたりも儀式も、滞りなく当主である凛子が取り仕切っていた。伝統儀式には、当主しかその内容を知らぬものも多いのである。
鏡の儀式。それは、鷹十条家から、失われた。
別の家宝具を使った儀式が粛々と続けられている。
家宝具の間。
その奥では。
未来の鏡。人間の姿では、鵯椰蔴と呼ばれた家宝具が、静かに、埃をかぶっていた。
やれやれ。やっと戻って来れた。安穏な生活。これが1番だな。
未来の鏡は、欠伸をする。
美の鏡は、精気を斬られて、消えてしまった。あいつは、もう戻らない。真実の鏡のやつはーー砕かれたけど、いずれ、誰かが修復するのかな。一体いつになることやら。精気は、まだ消滅していない。頑張って砕かれた鏡の破片にしがみついていれば、何とか復活できるかもしれない。
あの時。
剣華優希が、退魔の勾玉の霊光を放った時。
危険を感じた未来の鏡、鵯椰蔴は、全力で家宝具の間の奥へ、逃げ込んだのだった。恐ろしい虹色の光が届かぬ場所まで。それで、砕かれずに済んだ。だが、鷹十条当主の体を使って、鵯を人間の姿へ変じる秘法を使った美の鏡が消滅したことで、元の家宝具に戻った。
全て元通り。また、埃をかぶって、歳月を過ごすことになる。
それにしても、なんだったんだろうな。人間界征服と言う大それた夢。それなりに面白かったが、疲れた。
こうなる事は、最初からわかってたんだ。未来の鏡には、精気が斬られ消滅する美の鏡と、砕かれる真実の鏡の姿。はっきりと、それが視えていたのだった。
2人に言ったほうがよかったのかな? 言っても結果は変わらなかっただろう。未来が視えたところで、何にもなりはしないさ。
しばらく眠ろう。次、いつ目覚めることになるか、それはわからない。
微睡みに襲われた未来の鏡、一つ、思い出す。
そういえば。
あの一文字勇希。
本人も、みんなも、男だ男だと言ってたけど、あれ、絶対女の子だよね?
どういうことなんだろう?
まぁ、いいや。人間界の事なんて、わからない。わからなくていい。
次に目覚めた時は。
いったい、何が起きるのかな?
あ〜あ……
( 第16章 燃えよ生徒会! 鷹十条家の秘密 了 )




