第233話 消え去る物怪《モノノケ》
すうっと。勇希の手から、天破活剣が消えた。あっという間に。
あれ? 戦闘モード解除。なんだ。もう終わったのか。金色の靄を斬って、鏡台を打ち砕いて。
手ごたえはあった。間違いなく2体の魔物を斃した。それと同時に、幽世のただならぬ気配も消えた。
呆気なかったな。正体を見破られたら、それまでの奴らだったんだ。
でも。
なんだっけ。声がした。オレを助けてくれた。封じられたとか、勾玉がどうとか。あれは何だったんだろう。よくわからない。でも、凛子が語りかけてきたのには間違いない。
「一文字君!」
剣華優希が、勇希に駆け寄る。
「大丈夫だった? なんだか、すごい光がいっぱいになって、何も見えなくなっちゃった。何があったの?」
「あ」
勇希も、どう説明していいのかわからない。そうそう、なんでここに剣華がいるんだろう。
そしてーー
勇希と剣華、2人同時に、家宝具の間の前に倒れている凛子に気づく。
「副会長!」
剣華が、凛子を抱き起こす。
凛子は、意識を失っている。
だが。
勇希に、凛子の声がはっきりと聞こえた。
ーー ありがとうございました。魔剣の勇者よ。おかげで助かりました。目を覚ますには、もう少しかかりそうですが、心配いりません。あと、気づいたのですが、あなたには、幽世からの魔の糸が伸びています。本当に微かな、目に見えない細い細い糸ですが。私の力で、その糸、切らせてもらいます。それがせめてもの、ご恩返しです。
凛子の声、消える。すごく安堵した声だった。
糸を切る? と、言ってたな。
なんだろう。でも。ふっ、と体が軽くなるような気がした。幽世の糸がオレに絡み付いていた? そうなんだ。全然気付かなかったな。
剣華に抱えられた鷹十条凛子、やがて、ゆっくりと、目を開ける。
じっと、不思議そうに剣華を見上げる凛子。凛子の瞳に、もう金色の翳は見えない。澄んだ瞳。勇希は、ほっとする。よかった。取り憑いていた魔物は、やっつけたんだ。
凛子の口が、わずかに動いた。いや、喋ったのではなく、意思そのものを伝えたように見えた。
ーー 剣華さん。私はまだ動くことができません。私の手に家宝具の間の錠があります。私の代わりに家宝具の間の扉を閉め、錠を下ろして下さい。
「ええ、私が?」
書院に勝手に部外者が入ったことですら、大問題なのである。当主しか触れることのできない家宝具の間に錠をするーーさすがの剣華もたじろぐ。
ーー 大丈夫です。剣華家は、鷹十条家と古い誼で結ばれています。これは鷹十条の当主としての頼みです。この扉を開け放したままにしては、決してなりません。
書院。家宝具の間の扉は開かれたまま。異様な空気。霊と魔の気が行き場を求めて、ぐるぐると渦巻いている。解放されてはいけない力。剣華も、覚悟を決めた。
勇希にも凛子の声が。
ーー 一文字さん、その砕かれた鏡台を、家宝具の間に納めてください。中に入れていただければ、後で、私がなんとかします。
「え?」
なるほど。この魔物の残骸というべき鏡台も、ここに放置しちゃいけないな。
勇希は、隼華琶ーー真実の鏡の鏡台を担いで家宝具の間に運ぶ。砕け散った鏡の破片は、家宝具の間で見つけた箒と塵取りで集めて、鏡台の抽き出しに入れておく。
事情を知らない勇希が平然と至高の聖域である家宝具の間に入るのに、剣華はドギマギしたが、当主の頼みなのである。これでいいはずなのだ。鏡の片付けが終わると、剣華が扉を閉め、しっかりと錠を下ろした。
凛子は、
ーー ありがとう。
二人に、そう伝えると、また、ぐったりと意識を失くす。
◇
「ここにいちゃいけない。座敷にお連れしましょう」
と、剣華。
「わかった」
書院に渦巻く気には、勇希もゾワゾワしていた。長居するようなところじゃない。
体の力が抜け意識が虚ろとなった凛子を剣華と勇希で抱えて、座敷へと連れて行く。
そういえば。
勇希は思った。さっき、異世界ヒーローモードで戦った時、剣華もそこにいたんだ。長ランの背中の刺繍文字、男の戦闘宣言、剣華に見られちゃった?
魔物との遭遇より恐ろしい事態を思い浮かべ、勇希は冷や汗をかくが、剣華は、凛子の介抱に真剣だ。勇希を咎めだてする様子は無い。
大丈夫……かな。空間がすごい虹色の光で包まれていたよな。刺繍文字なんて、きっと見えなかったんだ。そうだよね。オレの戦いも。剣華はオレが魔剣で魔物を斃したのも見ていない。クラス委員長の前で、オレは堂々勝利したのにな。そう。副会長を救ったんだ。
これは自慢したいところだけど……凛子が幽世の魔物に取り憑かれたとか……話がややこしくなるから、やめておこう。
いいさ。
ヒーローは孤独。それでいい。
勇希は、ほっとしたり、ちょっと残念だったり、複雑であった。
勇希自身、剣華の退魔の勾玉の霊光発動に助けられた事は、全く気づいていないのであった。




