第231話 聖域へ
「さぁ、どうぞ。お召し替えも済んだことですし、今度は、庭園の方をご覧になってください。ふふ。昔の刻を体験できますわよ」
鷹十条凛子の完璧な微笑み。王朝装束姿の生徒会メンバーたちは、主の言うことに、とにかく従う。
みんな、座敷から、履物を履いて庭に出る。もちろん、鷹十条家の庭園も、第一級の文化財の価値がある。王朝コスプレで、王朝時代さながらの見事な庭園を歩く。タイムスリップしたみたい。多少、みんなの心も浮き立っていた。
庭園を案内しながら、凛子は、隼に目配せする。
隼、うなずき、さりげなく勇希に近づき、隅のほうに、引っ張っていく。
「えへへ。一文字さん」
「なんですか?」
不審顔の勇希。また、隼の瞳に金色の翳が走るのが見えた。なんだ。これ、ほんとにカラーコンタクトなの。
「ふふ」
隼の妙な気迫に、勇希、たじたじとなる。
「実はーー」
隼、勇希の耳元に口を寄せる。
「凛子様が、一文字さんに、特別にお話があるのです。座敷に、お戻りください」
「え?」
凛子様が、オレに何の話? 訝しむ勇希だが、隼に引っ張られていく。
連絡役の鵯から、まずは成功の合図を受け取った凛子、皆に、
「皆さん、しばらく庭園を楽しんでいてくださいね。私は次の準備をしにいったん戻ります。まだまだサプライズがありますからね。ごゆるりと」
そう言って、座敷に戻る。
座敷で。
勇希は、凛子、隼、鵯に囲まれる。
なんだ。この空気は。勇希は冷や汗。オレ、何かしたっけ?
オタオタとする勇希に、凛子が婉然と、
「一文字さん、実は、ちょっとお見せしたいものがあるのです」
「見せたいもの?」
「はい。私に着いてきてください」
凛子、勇希を案内して歩き出す。
◇
何かが起こりそうだ。それが何かは全くわからないけど。
勇希は、凛子についていきながら思う。勇希の後ろには、隼と鵯が、ぴったりとついている。
ただならぬ気迫。囲まれている。
いよいよ何か秘密の儀式が始まるのか? でも、一文字家は、絶対に鷹十条家とかとは関係ないはずなんだけど。部外者が呼ばれる儀式なんてのもあるのか?
しずしずと。
一行は、屋敷の奥へ向かう。
凛子は、頬を染め、高揚していた。いよいよ書院だ。家宝具の間へ。今日は、屋敷の使用人たちは、遠ざけてある。もう邪魔は絶対に入らない。
完全に獲えた。
鵯は、前を行く勇希の背を見ながら、満足げであった。最初からこうすればよかったっス。頭の働くやつじゃ全くない。簡単なことっス。
隼は。まだまだ油断できんな、と。じっと勇希を見つめていた。
一行の後ろ、だいぶ離れて。ついていく人影があった。
剣華優希である。
剣華は、隼が勇希を引っ張っていくのを見ていたのである。その後、鵯が凛子に何か耳打ちし、凛子が座敷の方へ、戻っていった。
これ、絶対おかしい。
剣華の予感。
一文字君になにかが。
よくわからないが、不吉な気がした。この古い家に取り憑いた怪異物怪家霊地霊悪鬼の類が蠢き出し、騒ぎを起こそうとしているのではないか? それに勇希が巻き込まれようとしているのではないか?
屋敷の中の空気、妙にビリッとする。騒騒と蠢く何かがいる。重苦しい圧を感じる。
普通じゃない。普通じゃないことが起きるんだ。いや、もう起きてるのかも。ともあれ、一文字君は、門閥旧家の闇とは無関係だ。なんとしても、守らなきゃ。
決断するや、剣華の行動は早かった。さりげなく庭園の生徒会メンバーたちから離れると、そっと座敷に戻り、様子を伺いながら、身を隠して勇希一行に付いていったのである。
鷹十条の屋敷の廊下は曲がりくねっていて、身を隠しながら、付いていくのにちょうどよかった。慎重に進む。
長く続く廊下を歩き、凛子たちが向かう先はーー
剣華、ゾワッとなる。
書院だーー
書院。鷹十条伝来の家宝が納められた、この屋敷の聖域。
剣華もそれは知っていた。もちろん、剣華は聖域に入った事は無い。部外者は絶対立ち入り禁止のはずだ。そう聞いている。
しかし今、凛子は、何の迷いもなく、軽やかな足取りで勇希を書院に導いている。
こんなのありえない。剣華は震えた。
秘密の儀式だ秘儀だといっても、鷹十条の歴史の重みを考えれば、絶対に許されぬこと。
「本当に、凛子様に何かあったんだ」
もはやそう思わざるを得なかった。やはり、凛子様は鷹十条の歴史の影に隠れた魔に取り憑かれた? 何かわからないけれど、騒めく怪異の足音が、はっきりと聞こえる。
今こそ。
私がなんとかしなきゃならない。剣華家と鷹十条家の誼。古くから共に怪異や魔の眷属と戦ってきた家柄なのだ。
剣華、退魔の勾玉の木箱を取り出す。剣華家の家宝。
これさえあれば、どんな怪異も、物怪も、家霊地霊も怖くはない。




