第23話 ヒーロー少女の見届け人
校長室のシャワールームの中。
オレはやっと服を着た。
でも、そこで力が完全に抜けて、濡れたシャワールームの床の上に座り込んだ。
終わりだ。終わりだ。終わりだ。
ヒーロー跡目にはなれなかった。
無理だったんだ。
男子のフリをずっとし続けるなんて。
でも、オレは頑張ったんだよ。
精一杯やったんだ。
悠人にも言える。やれることはやったって。
兄さんと私は違うんだ。私は兄さんのようにはいかない。
いろんな思いが、ぐるぐるぐるぐるする。
後は、人面犬だか、鬼面鳥だかを、待つだけ。
トントン、
シャワールームの曇りガラスのドアをノックする音。
「一文字君、一文字勇希君」
校長だ。
「服は着たら、こっちに出て来なさい」
オレはシャワールームの中で座り込んで、ぼんやりと校長の声を聞いていた。
ずっとこうしているわけにはいかない。
オレはノロノロと立ち上がり、シャワールームのドアを開け、外に出る。
校長。
改めての対面。
校長、なかなか堂々たる押し出し。
グレーのスーツを着ている。
やや小太りだが、全身に力強さを感じる。頭には白髪が多い。が、年老いては見えない。むしろ若く見える。
柔和でふくよかな顔。銀縁の眼鏡。目は優しいが、時折キラリと光が走る。
「待っていたよ。一文字君。さぁ、こっちに座りなさい」
校長は、オレをソファに案内する。
オレは従う。もう何も考えることができない。
オレと校長。来客用ソファに対面して座る。
オレのスラックスは、シャワールームの床に座り込んだせいで濡れているが、もうそんなの気にしない。今更、気にしたって何にもならない。
オレはうつむいている。
校長が切り出した。
「君のことは聞いているよ、一文字君」
「………………」
「君が新しいヒーロー跡目候補なんだね。一文字本家の方から話があった」
「は?」
オレは顔を上げる。
ヒーロー跡目のこと、この校長は知っている。どういうこと?
校長は微笑んでいる。
「不審に思うようだね。実は、この私は、見届け人なんだ」
「見届け人?」
「そう。ヒーロー後目候補が、うまくやっているかどうか、見守るのが仕事だ。何かあったら、一文字本家の方へ報告する。そういう役割だ」
へ?
見届け人なんて聞いてないぞ。
オレは言った。
「あの……その……て、ことは、私が何をしてるか、全部わかってるってことですか?」
「そうだ」
「私が……女子だってことも? 最初から知っていたんですか?」
「そうだ。君のこの学園への転校入学、私が手配したんだ。
君は女子だろう。男子生徒として、入学在籍させるにあたっては、私が書類をごまかした。君はずっと男子だったと言うことに書類上なっている。
だから大丈夫だ。
君が女子でヒーロー跡目だということを知っているのは、この学校で私だけだ。他の者には絶対バレないように。それは守ってくれ」
ポカーンとなった。
急にいろいろ話が進んでいる。なるほど。なんで女子のオレが男子として入学できたのか、これまでずっと謎だったけど、校長が細工してたのか。それならできるよね。
あ、それより何より。
「あの、校長先生、オレ……いや、私が女子だってこと最初から知ってたんですか? じゃあ、校長先生には、女子だとバレても、全然問題ないってこと……ですか……?」
「そうだ」
校長があっさりと言う。オレは、急に力が抜けた。当たり前だ。がっくりと、オレはソファの上に。濡れたスラックスが急に気になった。
とりあえず……助かった。
人面犬だに襲われなくて済むってことだ。
よかった。
オレのヒーローの道。まだ続いている。これも試練。試練だったんだな。
全く宿命の道、男の坂道ってのは厄介だぜ。
オレの頭、ぽわーんとなる。
校長はじっとオレを見ている。
少しして、やっとオレの頭も動き出した。
「あの、そういうことは最初に言ってくださいよ。入学したときに。本当にびっくりした。もう全部終わりかと思って」
なんだか少し腹が立ってきた。死ぬ思いしたんだぜ。
校長はふふっと笑う。
「私もびっくりしたよ。君は何をしてたんだ?いきなりパンツ1枚の女の子が目の前にいてね。こっちも心臓が止まるかと思った」
うわ、
オレは真っ赤になった。こうしてみると、ただ裸見られただけ。ひたすら恥ずかしい。オレが迂闊だったのがいけないんだけど。
「で、今日私を呼んだのは、いったい、何の話なんです?」
「うむ、そこだ」
校長は身を乗り出してくる。
校長の姿、心持ち大きく見えた。
「君も知ってるだろうが、このヒーロー跡目の宿命と言うやつは、結構厄介でね。こっちから動くことができないのだ。宿命の方から、必要なことは働きかけてくる。それがきたんだ」
「来た?」
オレ宿命が動く?
「徴があったのだ」
「徴?」
「そう、徴だ」
校長の声、急にすーっと遠くなった。
「お、始まるようじゃ」
急に。
ぐわんぐわんぐわん、
オレの感覚、溶けていく。周囲が歪む。
これって、この感覚。そうだ。ママとパパにガラス玉で、宿命の世界を見せられた時と同じだ。
オレはまた、
どこかへ吸い込まれる。




