第228話 クラス委員長剣華優希の着替え
『奔竜の間』で。
制服を脱ぎ終えた剣華。目の前の朱塗りの箱の中の装束の手を伸ばす。平安王朝の装束だという。とりあえず頭からすっぽり被ればいいと、説明されている。
この事態、さすがの優等生剣華にも、意味不明であった。生徒会長の雪原も、〝なんだろうね〟という顔をしていた。
でも、鷹十条凛子がトンチンカンなことをするはずがない。中等部から生徒会で一緒で、ずっと尊敬し信頼していた先輩のことを、剣華は疑うことができなかった。きっと何か、秘密の儀式なんだ。後で、凛子からちゃんとした説明があるに違いない。
とにかく着よう。剣華は、装束を持ち上げる。
「ただ、頭からすっぽり被ればいいんだよね」
裾はどこかなと、見回したその時、
スルッ、
長く垂れたすべすべした絹装束の裾を踏んづけてしまい、そのままバランスを崩し倒れる。
「あっ」
慌てて床に手をつくが、その時、床に伸びていた紐をつかんでしまう。
ドサッ、と倒れた剣華。そのまま紐を引っ張ってしまった。
ズルっと。
部屋の中を仕切っていた布が落ちる。
「え、なに」
驚く剣華。
紐は、仕切りの布に結んであった。本来は、ここに凛子が入ってきて、制服を脱いだところで紐を引っ張って、仕切り布を落とし、向こうのスペースの勇希に着替え下着姿を見られたと騒ぎ立てる作戦だったのである。
◇
「キャっ」
剣華優希。制服を脱いだ下着姿である。思わず胸を抑えた。
起き上がって、向こうのスペースを見る。
あれ?
あっちにも、装束がある。床に落ちている。何枚もの絹を重ねた絢爛たる平安王朝装束。床に広がっている。
そしてそれは。不自然に盛り上がっている。
「誰か、いるの?」
剣華は震えていた。
ちょうど誰かが床に伏して、その上に広げたように、装束は盛り上がっていたのである。
な、なんだろう。
さすがの剣華も、蒼白になる。
あの装束の下にいるのは。
家霊? 地霊? 魔物? それとも物怪? 今日は、やっぱり何かの怪異が現れる儀式だったの?
優等生剣華も、先ほどからの理解不能な展開のせいで、すっかり“これは超自然現象だ。鷹十条の闇に迫っているのだ”モードになっていた。仕切りの布の向こうでも誰かが着替えていた、と言う平凡な現実は、思いつかなかったのである。
下着姿で座り込む剣華。
どうしよう。とりあえず、自分用の装束を体に引き寄せる。
その時、思い出した。
「そうだ、今こそあれを使うんだ」
バッグを引き寄せ、中から小さな木の小箱を持ち出す。
◇
鷹十条凛子についての様々な噂の一つ。
「凛子様は、鷹十条家の闇から這い出た物怪に取り憑かれている」
剣華は、そんな噂話は信じなかった。しかし、気になった。剣華家も鷹十条家ほどではないが由緒ある旧家である。
しきたりに反する突然の不可解な招待。凛子のことが気になった剣華は、家に伝わる家伝書を調べてみた。
剣華は高校生だが、両親から信頼されていた。伝来の家宝や家伝書を自分で調べることも、許されていたのである。
家伝書には、鷹十条にまつわることも、いろいろ書いてあった。剣華家と鷹十条家は、古い昔から、つながりがあったのである。鷹十条の記述に目を通す剣華。はっとして、家伝書をめくる手が、止まる。
あった。
剣華の知りたかったこと。
家伝書には、記してあった。
ーー 鷹十条の長、代々にわたり魔の眷属を囚え、物に封じ、よく召し使う。しかし、この術、年を経て衰えるや、物の魔にかえって囚われん ーー
簡単で、短い記述だった。だが、十分だった。
剣華は考える。鷹十条家には、封印した物怪を操る術が伝えられていた。しかし、術が衰えた時には。
主が逆に物怪に取り憑かれ、乗っ取られる。
まさか。
不吉な考えをふり払った剣華だが、懸念は捨てきれず、一応持ってきたのだった。
今、『奔竜の間』で、手にする木の小箱。
中には、剣華家の家宝、『退魔の勾玉』が入っているのである。これは、正体を隠した怪異物怪の姿を暴く秘宝具であった。そう伝えられている。もちろん、験したことなどないが。
「今こそ、これを使わなきゃ」
目の前の装束の下のなにかを怪異物怪の類だと確信した剣華、小箱の蓋を開ける。




