第226話 鷹十条の秘儀
「さあさあ、こちらにどうぞ」
勇希は、隼華琶に引っ張っていかれる。鷹十条家。広大な邸宅の中は、迷路のように、廊下と部屋が入り組んでいる。
いったいどうなってるんだ?
勇希は、にこにこしながら自分を案内する隼に目を凝らす。
突如、生徒会メンバーを自分の大邸宅に招待した鷹十条家の当主凛子。今度は、みんなにお色直しをしろ、つまり衣装を用意したから着替えてもらうと言い出した。異例の上にまた異例。
当然、一同びっくり仰天した。何が始まるんだ? 何に巻き込まれてるんだ? 門をくぐるだけで名誉とされる大門閥旧家鷹十条である。凛子の柔らかだが有無を言わせない口調、単なる座興とは思えない。ひょっとして表には出ない隠された秘儀が始まるのか? これも毎年やっている儀式だったりする?参加者は、硬く口止めされるとか言うやつ。
エリート生徒会メンバーたち、わけがわからずゾワゾワする。
だが鷹十条当主凛子は自信たっぷり。その威厳に気圧される。一同“ここは従うしかないのだろう“モードに落ち着く。隠れ儀式。やるならやってやろう。まさかいきなり人身御供にされるとか言うわけじゃあるまいし。みんなポカンとしてお互いの顔を見合わせながら、承諾する。
招待された客の生徒一人ひとりに、着替えの部屋と衣装が用意してあるという。生徒たちを、案内するのは、隼華琶と鵯椰蔴の役目であった。なんでこの2人が? みんな、その疑問を口に出す気力もなかった。
「今日のイベント、この2人に手伝ってもらってたんです」
凛子の方から説明した。いよいよ話がおかしいが、みんなは曖昧な笑顔を浮かべながら、そうですかと言うほかなくて。
あれやこれやのうちに着替えへ。
勇希は隼に案内されて鷹十条家の長い廊下を歩く。時々振り向く隼。その瞳に、金色の翳が走る。カラーコンタクト? 何なの?
ちなみに、今日はプライベートの会であるが、みんな、鷹十条の本邸の会とあって、公式儀式さながら、制服を着用していた。女子はセーラー服、男子は学ランである。
「さあ、着きました」
隼が襖を開け、和室の一つに、勇希を入れる。
「ここが一文字さん用の着替え室、『奔竜の間』になります」
勇希、広めの座敷に入る。立派な部屋だ。壁に、奔竜と大書した金縁の額が掛けてある。反対の壁には、墨で描いた大きな竜の絵があるが、半分しか見えない。部屋の中央を、竿にかけた色とりどりの大きな布で仕切ってあるのだ。向こう側は見えない。なんで部屋を仕切ってあるんだ? わからない。
「では。ここでお召し替えを。私は外で待っています。お召し替えが終わったら、中から声をかけてください。決して自分で襖を開けないでくださいね。とにかく、そういう決まりなのです。何しろ、いろいろしきたりがうるさい家なものですから」
『注文の多い料理店』並に怪しい指示を残すと、隼は、ニコニコしながらペコリと一つ頭を下げ、襖を閉めて、出て行った。
1人、『奔流の間』に取り残された勇希。
なんだこりゃ。
コスプレお茶会するのに、妙にややこしい手順を踏むんだな。いろいろ訳がわからん。しきたりだと? こんなの大昔からやってるのか? 金持ち名門の考えることって、やっぱりわからんな。
ともかく、ここが自分にあてがわれた更衣室というわけだ。なぜ部屋が布で半分に仕切ってあるのか。それも謎だけど。
座敷の上に、朱塗りの箱がある。畳んだ衣裳が入っていた。勇希は手に取る。衣裳。平安王朝風装束である。難しい着付けとかはいらない、ただ学ランを脱いで、頭からすっぽり被ればそれでよいとの事だった。本物の昔の装束なら着付けとか厄介なはずだが、これはダイジェスト版なのか? このイベント、ややこしかったり、妙にいい加減だったりする。これでいいのか? まぁ、伝統のしきたりだイベントだなんて、意味がわからんものが多いのだろう。オレが心配しても仕方がない。
勇希は着替えることにして、学ランを脱ぐ。
その時、
すう、と。
襖が開く音がした。部屋の中央を仕切っている布の向こう、部屋の反対方向。ん? あっち側にも、襖があるんだ。
勇希が見つめる仕切りの布の向こう。誰かが入ってくる。
「ここで着替えればいいのね?」
剣華の声だ。
え? 勇希は固まる。
反対側の襖が閉まる音。
は? なに?
勇希は混乱する。いきなり、わけわからんことが起きすぎる。魔物が出現したら、戦闘すりゃいいってのはわかるけどさ。これはなに?
あ、ひょっとして。やっと気づく。
同じ部屋の、布で仕切った反対側のスペースが剣華の着替えの場所ってこと? 部屋がいっぱいあるのにわざわざ1つの部屋を布で仕切って、2人分の更衣室にしてるってことか? またまた謎が謎を呼ぶ。
すると。
隣りのスペースで。
ファスナーを外す音が聞こえた。サラサラと衣擦れの音。
あ、これって。
ゾワッとなる。
今、隣で、剣華が制服を脱いでるんだ。向こうは剣華に割り当てられた更衣室。だから当然なんだけど。
隣でクラス委員長が着替え。隔てているのは、竿に掛かった、大きな布だけ。
勇希、蒼白になる。体が火照る。息を殺す。
もちろん見えないけどーー
これってまずい?
この前、麗奈の着替えを覗いちゃったばかり。それでまた、今度は剣華と布1枚挟んだ隣で着替えとか。
剣華は、こっちに人がいるのに気づいてない。実はオレが隣にこっそり隠れていたなんて知ったら、やっぱりまずいよね。見てないけどさ。もちろんこうなったのは、鷹十条の方で妙な手配をしたからで、オレは全く悪くないけど。
剣華が入ってきた時、オレが隣にいるよと声をかければよかったんだ。だけど、急なことで、訳が分からず、声をかけられなかった。
剣華、もう制服脱いじゃってるよね。
うーむ。今、声をかけるのはどうだろう。暴力委員長、剣華優希に着替えを勝手に覗き観られたなんて思われたら。
勇希の血の気が引く。
どうしよう。




