第224話 鷹十条への招待
天輦学園高校生徒会。全生徒の羨望の的である。中には生徒会などに関心のない生徒ももちろんいたが、エリート校の中のエリート精鋭集団。そのように、皆に一目置かれているのは間違いない。
放課後。生徒会メンバーが揃った生徒会室。
校内羨望の場を、またまた一陣のつむじ風が吹き抜けた。爽やかな五月晴れの空の下には、似つかわしくない不吉な風が。
青天の霹靂というべきであろうか。
集まった生徒会メンバーを前に、副会長鷹十条凛子が、にこやかに宣言したのである。
「今度の日曜日、生徒会メンバーのみなさんを、我が家に招待いたします。軽いお茶会です。ぜひ、いらしてくださいね」
一点の非の打ち所も無い美貌、侵しがたい気品と威厳を誇る凛子の言葉。決して高圧的な物言いではなくても、誰よりも人の上に立つ天賦の素質を誇る鷹十条家当主の言葉の重みがその場を支配する。
招待、というよりこれはもう命令であった。
生徒会長の雪原透。
ぐぬぬ、となる。
たかがプライベートでのお茶会の誘いじゃないか、と思われるだろう。その通り。普通なら何でもないことだ。しかし、鷹十条家なのである。特別なのであった。鷹十条と並ぶの名門旧家の出である雪原は、それをよく心得ていた。
鷹十条の邸宅。申請すれば重要文化財に指定されること確実な歴史文化遺産である。しかもそれは過去の遺産ではなく、現在も太古からの伝統が息づく“生きた歴史空間”であった。鷹十条家の当主は煩雑なしきたりや儀礼に作法、大きなものから、小さなものまで細々とある年中行事、卜占による日常行為の決定、積み重ねられた伝統を、日々体現するのがその使命なのである。家の掟に、がんじがらめに縛られた身といえる。
鷹十条の邸宅。そこに入るには、厳格な審査があった。雪原は何度も聞かされている。当主が気軽に勝手に学校の友人たちを呼んだり招いたりしていい場所ではない。
昔からの決められた年中行事に従って、年に何回か、厳選された客を招き儀式を行う。部外者が鷹十条の家に入れるのは、その時だけであった。雪原も旧家門閥に連なる身として、これまで鷹十条の邸宅に招かれたことはあった。
鷹十条の儀式、それは伝統と格式の圧倒的な重みを学ぶ場であった。鷹十条の邸宅の門は“開かずの門”の異名を誇っていたのである。
「軽いお茶会をする? だって?」
雪原は、耳を疑った。鷹十条の本邸ではなく、別邸なり、どこかの店で招待してくれるというならわかるが。
「凛子さん、誘いありがとうございます」
雪原は内心の動揺を気取られぬように言った。
「僕たちを招待してくれるというのは……その、本邸の方でしょうか?」
もちろん本邸であるわけない、そう確認するために訊いたのだがーー
「はい、そうです。本邸ですわ」
燦然と輝く凛子の笑顔。有無を言わせない。
なんだ? これはどういうことだろう。雪原は必死に考える。自分の知らない鷹十条の儀式があるのだろうか。生徒会のメンバーを呼んで行う儀式。積み上がった伝統、何があっても、おかしくはない。しかし、さすがにーー
生徒会メンバーたち。名門旧家出身者が多いので、皆、鷹十条家の事情は知っている。それだけに、突然の招待に一様に固まっている。
いや。皆ではない。
隼華琶と鵯椰蔴。
この2人はもちろん事情を知っているので、ニヤニヤしている。いよいよ大作戦決行なのだ。鷹十条の伝統も、格式も、彼らには関係ない。いや、家宝具である彼らは、鷹十条の伝統の一部と言えるだろうが。
そしてもう一人。
物怪3人衆の大作戦の獲物である一文字勇希もまた、門閥旧家の事情などまるで知らぬので、へー、そうか、凛子様が招待してくれるんだ、面白そうだし、とりあえず行ってみよう、などと呑気に考えていたのである。
生徒会メンバー一同で、鷹十条家に招待されることに決まった。
名門筋としては、驚天動地の出来事であるが、当主が来いと言っているのである。断る理由はなかった。それに何はともあれ、鷹十条の宅に招待されるというのは名誉なことなのである。
◇
「うまくいった。順調すぎる。案外人間はチョロいものだ。今度の日曜日。待ち遠しい。我が幽世の主もお喜びになるだろう」
3人の物怪だけとなった生徒会室。凛子は、うっとりした口調で言う。
「なんで生徒会メンバー全員招待するっスか? 一文字勇希だけ呼べばいいと思うっスけど」
鵯が疑問を口にする。
隼が、鵯を睨んで、
「わかってないな。お前。奴に絶対に気づかれず、感づかれずに呪法結界陣まで連れて来なければならんのだ。何事も自然に運ぶのだ。勇希のやつだけ呼んだら、さすがに疑うだろう。生徒会メンバー全員の招待なら、よもや、疑うまい」
「うーむ、勇希って、どう見ても、そんなに深く物事を考えるタイプじゃないっス。でも、用心に越した方が良い事は確かっスね」
勇希を、鷹十条家家宝具の間の呪法結界陣に放り込む。そうすれば、後は自動梱包発送装置が作動して、勇希は幽世に飛ばされる。
いよいよ。あと一歩なのであった。




