第22話 ヒーロー少女の大ピンチ! 裸見られたらさすがに終わり
やっと午後の授業も終わった。
クラスのみんながオレを見る目。なんだかさらにおかしくなってるような気がする。
「ねぇ、一文字くん、もっと笑わせてよ」
「芸人になるなら応援するよ」
「乙女芸人、いいね」
休み時間とか、なんだかそんなこと言われる。女子も男子も。オレを見てニヤニヤしやがって。
オレはヒーローだぞ。どこを見たら芸人に見えるんだ。
午前中の英語の授業で大爆笑した蘭鳳院。その後はずっと、いつものお澄まし顔。こっちを見ようとはしない。
まぁ、いい。これは孤高のヒーローの道。男の坂道。急にうまくいったりはしないだろう。いつかみんなに認めさせてやればそれでいいんだ。
放課後。教室から出ようとした時、担任の春沢先生がやってきて、オレに声をかける。
「一文字君、校長先生がお呼びよ。今日の5時に、校長室に来てだって」
「校長先生が?いったい何があるんですか?」
「私も、聞いてないの」
春沢先生も、少し戸惑っているようだ。
「とにかく一文字君に来るようにって。もしかしたら、用事で遅れるかもしれないから、いなくても入って先に待っててだって」
「わかりました」
なんだろう。
とにかく行くしかない。
しかし、今授業が終わったばかり。まだ3時過ぎだ。だいぶ時間があるな。
ちょっと外で、体を動かしていこう。最初からそのつもりだったんだ。5時まで、外で汗をかいていこう。
最近、オレはグラウンドや校庭の隅で、運動部の邪魔にならないように、走り込みをしたり、筋トレしたりしている。
オレはずっと、スポーツをやってきた。運動部だ。オレがやってきたのは野球だけど、スポーツは何でも好きで得意だ。
高校じゃ、事情が事情だから運動部に入れないけど、体を動かさないとムズムズする。ずっとスポーツやってきたのに、体が鈍っちゃうのはもったいない。
この天輦学園高校。立派なグラウンドにコート、運動設備がある。見ているだけでワクワクする。
と、言うわけで。この何日かは、スポーツ用のシャツや短パン、シャワーで使うバスタオルを入れたスポーツバッグで登校して、放課後、少し校庭で体を動かして、汗を流している。
この高校は、さすが金持ちエリート校。施設がとにかく充実している。運動部員だけじゃなくても、生徒が誰でも使える個室シャワールームも完備されている。これはすごい。使わないのはもったいない。
体動かして汗をかいたら、シャワーを浴びて、帰宅する。なかなかいいものである。
◇
校長室に来い。
時間があるので、オレは予定通り、校庭を走る。筋トレする。大声で元気に活動してる運動部を横目で見ながら。
今日、ついにヒーロー宣言したせいで、体が浮き立っている。力が入る。ヒーロー宣言の反響は、今のところ、思ったようにはない。
みんなに受け入れられるのは時間がかかるだろう。まだ入学したてだしな。
4時半になった。そろそろ行かなきゃ。
だいぶ汗をかいた。シャワーを一つ浴びていこう。
ところが個室シャワー混んでいた。集団用のシャワールームもあるけど、さすがにそれは利用できない。女子バレしたら大変だ。
オレはそのまま、校長室へ向かう。校内案内図を見て、たどり着く。
校長室。立派な重厚な木製の扉。
威厳を感じる。
オレは、トントンとノックする。
返事は無い。
いないみたい。校長先生がいないときは、中に入って待っていてって、ことだった。
「失礼します」
オレは、扉を開けた。中に入る。
立派な部屋。オレは中を見回す。
広々とした、豪華な部屋。
校長席と彫られたプレートが置いてある、木製の立派な机。高価そうなソファ。分厚い絨毯。クローゼットとかも、みんな、木製の、ちゃんとしたもの。
オレは、立派な校長室の中で、しばし、立ちすくんだ。
どうしよう。
早く来すぎちゃったかな。
今はまだ4時40分。約束は5時だ。
ソファに、座って待っていればそれでいいのかな。
やれやれ。
外で体を動かして、着替えだけして、すっ飛んできたんだけど、体中汗だく、汗まみれだ。
急に気になった。
春の陽気の中、思いっきり、運動してきたからな。
やっぱりシャワーを浴びてくればよかった。
ガサガサ、
音がした。オレは、ぎょっとする。
なんだ?
音の主。ソファの後ろから、出てきた。
かわいい、トイプードルだ。
へー、校長室で飼われてるんだ。校内で犬を飼うのって、オーケーなの? これまた、聞いたことがない。校長だから特別なのかな。
豪華な校長室で、トイプードルを飼っている校長。すごい人だな。
トイプードル、茶色のモコモコの、かわいい姿。つぶらな瞳でオレを見つめている。
「あはは、おまえが、お客様の、お出迎え役なんだ」
よく見ると、床の隅には、トイプードル用の餌箱とかが、置いてある。やっぱり、ここで飼っているんだ。
他にもいるのかな? オレは、部屋の中を見回す
あ、
その時、気づいた。
部屋の隅に、曇りガラスの扉がある。あれはきっと、シャワールームに違いない。
オレは、曇りガラスの扉に近づき、開けてみる。やっぱり、シャワールームだった。人一人がシャワーを浴びられるだけの、小さなシャワースペースだ。
さすが校長室。専用のシャワールームもあるんだ。
一浴びしたいなあ。体中汗だくなのが気になる。さっぱりしたいものだ。
オレは、校長室の中を振り返る。
トイプードルのつぶらな瞳と目が合う。校長が来るまで、このまま、この子とにらめっこしてるっ、てのもなあ。
よし、シャワーを浴びよう。
オレは、校長室の扉を確認する。内側から、鍵がかけられるようになっている。校長が来るのは、まだ先だろうし、もし急に来ても、鍵をかけておけば、大丈夫だ。
シャワーを浴びるだけだ。さっさと終わる。髪は濡らさないで、顔と体だけ、流せばいいんだ。
オレは、校長室の扉の鍵を、しっかり閉めて、確認する。
準備オーケー。
シャワースペースに戻り、自分のスポーツバックから、バスタオルを取り出す。
ささっと汗を流して、それで終わりだ。
オレは、制服を脱いぐ。シャワースペースの曇りガラス戸の外に、スポーツバッグと一緒に置く。
ガラス戸を閉めて、シャワーを浴びる。
うん、気持ちいい。
やっぱり、体動かした後はシャワーを浴びなくちゃなあ。シャワースペースがあってよかった。
でも、あまり、長々と、シャワーを浴びてることはできない。オレは、顔と体の汗を流すと、ガラス戸を開ける。バスタオルは……
あれ?
ない。
スポーツバッグがない。バスタオルも。置いておいたオレの服も全部。
目の前には、オレが脱いだパンツが落ちているだけ。
なんだ?
何が起きてるんだ。シャワーを浴びたばかりだけど、今度は冷や汗。室内を見回す。
入り口の扉の近くに、スポーツバッグやオレの服が散らかっている。
犯人はすぐわかった。
トイプードル。
茶色のモコモコのつぶらな瞳のトイプードル。やつが、オレのスポーツバッグを、校長室の扉の近くまで引っ張っていって、中身を、絨毯の上にぶちまけたんだ。
なにをしやがるんだ。
今しも、トイプードルは、オレの靴下を咥えて、床に放り捨てている。
おい、やめろ。
なんだ、この犬は。
しつけができていない。それとも、ストレスが溜まっているのか?
いや、それどころじゃない。
オレは、混乱した。
どうしよう……いや……大丈夫だ。
こういうときのために、校長室の扉は、内側からしっかり鍵をかけている。すぐ、床に落ちてるタオルと着替えを拾って、体を拭いて、服を着ればいい。それだけのことだ。
くそ、慌てさせやがって。
トイプードルは、オレのワイシャツを加えながら、つぶらな瞳でオレを見つめている。
びっくりさせるなあ。
落ち着け、問題ない。
オレは、目の前のパンツを拾う。とりあえずそれだけ履く。
そして、素早くスポーツバックと、まき散らされた服の方へ。
校長室の扉の近くーー
その時、
ガチャリ、
扉の鍵が、目の前で回る。
え?
オレの、全身の血が逆流した。
うわあああああっ!
校長が、来たんだ。
そうか、校長だから、校長室の鍵を持っていても不思議は無い。扉が閉まってるから、自分の鍵を使って開ける。当たり前だ。
やばい。
オレ、なにやってたんだ。なんで、そんなことも考えなかったんだ。
あれこれ、考える暇もなく、
ガラッ
校長室の重々しい扉が開く。
オレは扉のすぐ目の前に。びしょ濡れの裸に、パンツ1枚の姿。
とっさに両手で胸を隠した。それしか、できなかった。
もうだめだ。
これは。
校長に、こんな姿見られたら、女子だとバレる。絶対バレる。バレないわけない。言い逃れとか、無理。
オレのヒーロー跡目の宿命。ここで終わりなの? こんな終わり方するの?
オレの人生も、終わっちゃうんだ。
呪い。
人面犬だ鬼面鳥だに襲われるんだ。
あのトイプードルのせいで。かわいいトイプードルのせいで。つぶらな瞳で、なんてことを、してくれたんだ。
いや、オレがうっかりしてたんだ。
本当に本当に……もう、だめだ。
ママ、パパ、ごめんなさい。
兄さん、悠人、ごめんなさい。
やっぱりヒーローになんてなれなかったよ。本当にあっけなかったよ。
ここで、オレはおしまいだ。
全部、全部、全部、もう、何もかも、おしまい。おしまいなんだ。
扉が開いた。
運命の時だ。
校長だ。初老の男性。校長がすぐオレの目の前に。
オレと校長、目が合う。
校長、ギョッとしている。当然だ。校長室の扉を開けたら、目の前にパンツ1枚の女子。驚かないほうがおかしい。
オレは、両手で胸を隠したまま、しゃがみ込む。それしかできない。オレのCカップの胸。手で隠しても隠しきれるものではない。
「一文字勇希君だね」
ややあって校長が言った。
「一文字君、とにかく服を着なさい」
あ、そうだ。女子バレ以前に男にパンツ1枚の姿を見られるってのは、
「きゃああああああっ!!」
オレは、真っ赤になって、片手で胸を抑え、片手で床の服をかきあつめると、シャワースペースへ駆け込んだ。




