第219話 隣の美少女の着替え
生徒会室を出た勇希。
さて、どうしようかな。もう今日は凛子様の呼び出しとか、どうでもいいや。それより校庭で走って気分転換しようかな。
その時。
ん?
肩に下げている白いスポーツバッグが、赤く……
「ええっ!」
勇希は、慌てて自分の制服を調べる。学ランに、べっとりと血糊がついている。真っ赤な鮮血。それがスポーツバッグを汚したんだ。
なんてこった。生徒会室で鷹を斬った時、返り血を浴びたんだ。あの時は長ラン戦闘服だったけど、装備解除しても、なぜか返り血はそのまま制服学ランに残っちゃったんだ。
困るな、こういうの。どうしよう。
学園の廊下。誰もいない。今のところ、誰にも見られていない。誰かに見られたらーー
当然びっくりして、それ何?って聞かれる。
で、どう答えたらいい? 突然、剥製の鷹が襲ってきて、そいつを斬ったら、返り血をドバっと浴びてーー
そんな説明、もちろんできない。
スポーツバッグには自主トレ用のジャージや体操服が入っている。誰かに見られる前に着替えるんだ。
あ。
廊下の先。曲がり角に、生徒の姿が現れた。
いかん。
勇希、とっさに目の前の教室を見る。第一映像室。中からカーテンが閉めてある。外から見えない。好都合だ。そっと扉を開けて窺うと、中は電気がついているが、誰もいない。勇希は第一映像室に滑り込む。扉の横には何か貼り紙がしてあったが、それを読む余裕はなかった。
映像室。
あれこれの上映をしたり、撮影をしたりするので、通路側も窓側も、しっかりと黒い暗幕がしてある。こっそり着替えるのには、絶好の場所。
勇希は、ほっと息をつく。とりあえず助かった。
さて、着替えるか。でも急に誰か入ってくると困る。そうだ。
勇希は、窓側の暗幕カーテンの後ろに潜り込む。ここは4階。目の前に建物もないので、外からは見えない。暗幕の後ろで、ちゃちゃっと着替えよう。
勇希は、血で汚れた学ランを脱ぎ、ジャージを着ようと、
その時。
ガラッ、
映像室の扉が開く音。
うぐ、
勇希、固まる。落ち着け。まずはしっかり着替えなきゃ。暗幕の後ろで着替えていてよかったぜ。問題ない。
でも。
なんだろう。これから映像室を何かで使うのかな? 着替え終わったら、ちょっとここでかくれんぼしてましたとでも言って、すぐに出よう。
ガチャリ、
映像室の扉の鍵を閉める音。
なんだ。わざわざ映像室を使うのに鍵を閉めるって、何か重要なことがあるのかな。
入ってきたのは誰だろう。勇希は着替える手を止め、暗幕の隙間から、映像室の中を見る。
あ。
入ってきたのは。
隣の席の美少女、蘭鳳院麗奈。
◇
麗奈!
勇希、妙に震える。
なんだろう。映像室で何をするんだ? とっさのことで、声も出せず、そのまま麗奈を見つめるしかなくて。
勇希が暗幕に隠れて見ているとも知らない麗奈は。
部活用のスポーツバッグを机に置くと、セーラー服のファスナーに手をかけた。
え?
凍りついた勇希の目の前で、麗奈は制服を脱ぎだした。
あ、ひょっとして。
勇希は思い出した。
確か今日、第二体育館の附属設備の修復チェック作業があるとかで、そこの部室は使えないから着替えなどのスペースは校舎の各教室に割り当てる、とかお達しがあった。
オレには関係ないから、と聞き流していたけど。
まさか。
勇希は青ざめる。
第一映像室。ここが今日の新体操部の臨時の部室で、これからみんな部員が着替える。そういうこと? そういえば、外に貼り紙があった。ここを今日は新体操部が使うって書いてあったの? そうに違いない。
麗奈が。
セーラー服を脱ぐ。
勇希は、目を離せない。見てちゃいけない、このままじゃまずい。絶対まずい。そう内心、逸るのだが。
麗奈が制服を脱ぐ姿に。
頭がぼーっとなって。
体をピクリとも動かせない。
目が釘付けに。
脳は……ヒーローになってから実によくあることだが、もう完全蒸発中!
心臓はバクバクと。魔物遭遇どころじゃない動悸。
麗奈。
セーラー服を脱ぎ終わる。
白く輝く肌に、純白に金百合を散らした柄のブラジャー。
スレンダーだけど、絶妙な肩や腕のライン。
そして、ボリューム感のある胸。
上品なブラジャーの下で、はちきれそうに見える。
「麗奈は、Fカップだ」
勇希は確信した。これまで散々くっついたり触ったり掴んだりして、今度は、はっきり目視した。もう、間違いない。いや、そんなこと言ってる場合じゃない!
麗奈は、セーラー服に続いてライトブルーのスカートも脱ぐ。
ショーツも、純白に金百合を散らした柄。
高級そうな下着だな。気品を感じる。さすがお嬢様。
頭の煮えたぎってる勇希は、もうぼんやりそんなこと考えるしかなくて。
どうしよう。
もしここでオレが出て行って。
「あはは。麗奈、全然気づかなかったね。ここでオレ、かくれんぼしてたんだ。びっくりした?」
とか言ったら。
いや、確実に終わりだろう。
外に、新体操部がここを使うと貼り紙がしてあるだろうから、知らないで入って、暗幕に隠れてましたとか、そんな言い訳絶対に通用しない。
出て行くのはまずい。出ていけない。ここに息を殺して隠れているしかーー
麗奈、自分のスポーツバッグから、白と桜色のレオタードを取り出す。麗奈の新体操演技の動画をもらい、もう何度も見ている。いつものレオタードだ。
これから麗奈はレオタードをーー
うぐ、
うぐぐ、
当然、下着を脱ぐんだよね。競技用のインナーに履き替えるはずだ。
麗奈が素っ裸になる!
間違いなく、全裸に!
うおおおおっ!
麗奈の裸身。洞窟の秘湯や幽世でも見たけど、湯煙だ草だに隠れて、そんなにはっきり見たわけじゃない。
でも、今は。目の前で。オレに全然隠す気もなく。
いや、オレが暗幕の後ろに隠れているのに気づいてないから、当たり前なんだけど。
いかん。絶対いかん。とにかく……出て行くことはできない。よし。瞳を閉じよう。オレはヒーロー。隠れて女子の着替えを覗くとか、そのつもりはなかったけど、なんであれ絶対だめだ。もうすでに十分覗いちゃってはいるけど。これ以上、全裸まで見ちゃうのは、完全に一線を超えている。限界突破だ。絶対、絶対、瞳を閉じる。がんばるぞ。なんてったってオレはヒーローだ。ヒーローに不可能は無い。
レオタードに着替えようとする麗奈を見まいと必死に瞳を閉じようとする勇希だったが、どうしても、瞳を閉じることができなかった。自分の意思で、体を動かせないのだった。
麗奈のスレンダーな体から目を離すことができなかった。
どうなるんだ?
これ以上。
限界突破したら。
オレの宿命の道。男の坂道。
勇希の想いがぐるぐる回る。




