第214話 茶会の始末
「すまんのう、一文字」
柘植は笑顔で、
「今日は柔道部の対抗交流戦で遠征の予定だったんじゃが、先方の都合で、中止となってしまったのじゃ。それで午前中稽古して、終了となったんじゃ。気持ちのいい日曜だからのう。このまま帰るのもつまらんのでこの樹の上で寝ておったのじゃ。いや、ここは実にいい寝心地でな。わしが前に見つけて、時々ここで寝ておったのじゃ。枝が折れた時はびっくりしたが、まさか一文字、おぬしの上に落ちるとはなぁ。ガハハハ」
「ガハハハじゃねえよ!」
巨軀の柘植に押しつぶされて、勇希はまだ骨がガタピシいっている。
「柘植、お前が寝てたらどんな枝だっていずれ折れるぞ。今日はたまたま下にいたのがオレだったからよかったけど。もう、こんなことするなよ」
「ガハハハ。何、下にいたのがおぬしだと知って、安心したぞ。おぬしはさすが、頑丈じゃのう。やっぱり、柔道部に入らんか?」
「お断りします!」
勇希は、フラフラしながら柘植を睨む。
周りに集まる生徒たち。とりあえず大惨事にならなかったので、みんなほっとしている。
剣華が、にっこりと微笑んで、
「勇希君、無事でよかった。でも、すごいじゃない。咄嗟に鵯さんを助けたの、みんな観てたよ。なかなかできないよね」
おー、そうだ、との声が、生徒たちの輪から、湧き上がる。
「さすが勇希! 女子の守り神!」
「かっこいいぞ!」
「あっぱれ生徒会!」
「俺たちのヒーロー!」
しまいには、みんなで勇希を取り囲んで、パチパチと拍手する。
赤くなっている勇希を。
離れたところから、鷹十条凛子、隼華琶、鵯椰蔴は見つめていた。
「これはどういうことだ?」
凛子が隼に質す。隼は険しい顔で、
「はい。一文字勇希の力量を試しました。しかしこちらの罠をことごとく切り抜けました。奴め、やはり想像を超える力があるようです」
凛子は、腕組みする。
「そうか。一文字勇希。異界幽世に棲まう我らが主が、どうあっても欲しがっている者。ただ者ではないだろう。大きな力を秘めているのだ。奴は、我らの正体には気づいてないだろうな?」
「はい。間違いなく気づいてないでしょう。でも、もし気づいたら……」
凛子が、すうっと目を細める。
「奴の秘めた力、全力でわれらにぶつけてくるな。危険な相手だ。奴を捕らえるには、十分な手を講じなければな」
「は。手強い敵。だが、ここを突破せねば、我らの未来はありません」
「あのう」
鵯が言った。
「なんだか、一文字勇希の奴は、ありえない力をお持ちのようっス。これは俺たちの手には負えないってことで、任務失敗にて終了って幽世の主様に報告して、俺たちはおとなしく家宝具に戻るっていうのはどうっスか?」
「黙れ鵯!」
凛子と隼が同時に。
2人は鵯を無視して、今後の作戦について話し合う。
「とりあえず、敵は思いのほか手強い。さりながら、我ら全力を尽くす、と、我が主には報せます」
鷹十条凛子、じっと勇希を見つめている。
うーん。この2人は、何なんだろう。
鵯は懈そうに、空を見上げる。
頭の働き、さすがに悪すぎる。ひょっとして、俺よりもこの2人の方が頭が使えないんじゃないか。人間界征服とかイキれる力なんて、俺たちは持ってないことがはっきりしたってのに。何百年も家宝具の間で埃をかぶってきたものだから、頭もすっかり摺り減っちゃったんだ。
まだ本気で何かするのかしらん。
異界幽世の主様から、超兵器でも届くっスかね。
俺はなるべく危険なことには巻き込まれないように気をつけるっス。
人間世界。危険がいっぱいっスね。
茶会は、和やかに再開した。
凛子は、茶会の輪の中央に戻り、如才なく微笑んでいる。
やっと体がしゃんとしてきた勇希。柘植のボディプレス、とにかく凄かったのだ。
これも、きっとヒーローとしての試練なのだ。
そういえば。
勇希は、隣に座る鵯に、
「さっき、オレに話があるって言ってたけど、結局何なの?」
「あ」
鵯、慌てて考える。おや、勇希の襟元に見えるのは。
「一文字さんの襟元に、緑の芋虫がくっついてるよ」
と、指さす。
「えっ!」
勇希は、慌てて襟元に手をやってーー
「キャーっ!」
大きな悲鳴。また今度は何事かとみんなの視線が勇希に集まる。
なんなんだこいつは。
鵯椰蔴は、目を丸くする。
これが本当に手強い敵? ただのヌケサクに見えるけど?
俺たちは一体何と戦ってるんだ?
人間界って……謎。
やっぱり面倒のない家宝具の間に帰りたい。




