第213話 物怪《モノノケ》の大作戦
「おい、来るのだ」
隼華琶ーー真実の鏡は、鵯椰蔴ーー未来の鏡を、茶会の人の群れから離れたところに、引っ張っていく。
「なにっスか?」
鵯は、迷惑そうに、臙脂色の着物を直す。
「隼さん、どうしたっスか? 怖い顔して。このお茶会ってやつなかなか楽しいっスよ。着物ってのも着慣れると綺麗でいいもんっスな。エヘヘ。今日は、俺たちお客様っス。せいぜい楽しむっス。天気も上々っスし」
「バカ!」
隼はう眦を釣り上げる。
「貴様、我らの使命を忘れたか。我らに楽しむ余裕など一瞬たりともないのだ。何度も言うが、我らは敵地死地にいるのだぞ。何を浮かれてる。おい、鵯、今俺が何をしたか見ていたか?」
隼の剣幕に、鵯は首をすくめる。
「ああ。見てたっスよ。ひっくり返ってお茶こぼして、不様っスな。駄目っスよ。これだから物怪はって言われちまうっス」
「そんなこと言われはせん! やっぱり貴様は何も見てなかったんだな。俺は奴の、一文字勇希の力量を図っていたのだ」
「……ひっくり返って、お茶こぼすと、力量が図れるっスか?」
鵯は目を丸くする。ありゃりゃ。人間世界を征服するとか。いきなりダメそうっスな、こりゃ。そう思ったが、口には出さない。
隼は、眉間を寄せて、
「一文字勇希……やはり侮れん敵だ。しかし一度試しただけではわからん。もう一度奴の力量を試してやろうと思う」
「またお茶をこぼすっスか?」
「そうではない。鵯よ。お前はやはり、知恵と言うものがないな。俺に作戦がある。お前の出番だ。鵯、お前が、一文字勇希のやつに話があると言って、向こうの大きな木の陰まで引っ張っていくのだ。そして木の陰で、こっちのみんなが見てないことを確認したら、『キャー、何するのっ、エッチー』と、叫ぶのだ。いいか、思いっきり大きな声で、悲鳴を上げるんだぞ」
鵯は、口をあんぐり。
「何っスか? それ? 俺たちの使命と、どういう関係があるっスか?」
隼は得意顔。
「わからんのか? 俺はこの人間世界の事情をいろいろ調べたのだ。男子というのは、女子にこうされたら、ひとたまりもない。手も足も出ず、窮地に陥るのだ。ふふふ。窮地に陥った奴が、どうするか。そこで奴の力量を図るのだ。まぁ、これしきの罠を切り抜けられないようなら、やつは結局大した事は無い。安心して良いだろう。逆に、この罠をうまく躱せるようなら、やはり相当な用心が必要ということだ」
「……うーん。それ、なんというか……相当バカ丸出しな作戦のように思うっス。だいたい、俺たち物怪にも、体面ってものが……」
「うるさい! 作戦は俺が考える。貴様は俺の指示通りにしていればいいんだ。だいたいなんだ、人間世界で浮かれて騒いで。やる気あるのか。お前こそ少しは体面を考えろ。わかったな。言った通りにやるんだぞ。これは、我らが人間世界を征服して幽世へ凱旋する第一歩なのだ」
「へーいっス……」
鵯は、呆れ返ったが、ともかく断れる状況じゃない。言われた通りにやってみよう。後はどうなっても、もう知らないけど。
◇
「一文字勇希さん!」
なんだ?
勇希は振り返る。
鵯椰蔴だ。勇希と同じ、生徒会の新推薦メンバー。
ツインテールの女子。臙脂色の着物。ニコニコしている。この子もなかなか愛嬌があって感じが良い。
「ちょっとお話があるんです。生徒会のことで……あの、2人だけで話がしたいので、一緒に来てもらえませんか?」
「うん。いいよ」
よくわからないまま、勇希は、鵯に引っ張られていく。おや? 勇希は気づいた。鵯の瞳にも、金色の翳が走ったような。おかしいな。なんだろう。
鵯は勇希の羽織の袖を掴んだまま、野点の座から少し離れた大きな木の下へ、連れて行く。
木の陰で。向き合う2人。
なんだろう。勇希は思った。妙な雰囲気だ。鵯椰蔴、妖しい眼でオレを見ている。ひょっとして告白とか? 困るな。そういうの。また人間関係がややこしくなる。さっぱり断るしかないけど。
鵯は周囲を見回し、だれもこっちを見てないのを確認する。
よし、いいだろう。隼の自慢の作戦。鵯には、どう考えてもバカバカしいとしか思えないのだが、とにかくやるだけやろう。
一つ息を大きく吸うと、鵯は、思いっきり大声で叫んだ。
「キャーっ!」
茶会の参加者。一斉にこっちを振り返る。もちろん1番驚いたのは勇希。何しろ、目の前の女子が、突如、悲鳴をあげたのだ。なんだ? 一体何が起きたんだ? 周りをキョロキョロと見る。
よし。鵯は思った。とりあえず作戦成功。お次はーー
その時。
ガサガサッ
大樹の梢が揺れた。
なんだ?
勇希と鵯、上を見上げる。
ボキッ
枝の折れる音。同時に、大きな物体が降ってきた。
「危ない!」
勇希は叫ぶや、目の前の鵯を突き飛ばす。
降ってきた物体、勇希の上にーー
ドチャッ、
勇希は下敷きになった。
「なんだなんだ?」
茶会の参加者の皆、駆け寄ってくる。
重い物体に押しつぶされて勇希はバタバタともがく。
突き飛ばされて草の上に座り込んだ鵯と、少し離れて見ている隼、茫然となっている。
勇希、やっと、頭を持ち上げて。
なんだ、いったい何が降ってきたんだ?
巨大な物体ーー巨軀の男子が身を起こした。
「いやー、すまんのう、一文字」
笑顔で、勇希を助け起こす。
勇希は唖然となった。
降ってきたのはーー勇希のクラスメイト、柔道部の柘植。




