第211話 ヒーロー魔剣少女は和服男子
晴天の茶会。日本庭園での野点が始まった。
みんな着慣れぬ和服にも慣れてきて、ワイワイと盛り上がっている。
一文字勇希は、落ち着かなかった。緊張する。当然だけど。
「楽にしてください。今日は生徒だけです。気軽にお茶を楽しんでください。作法とか、難しく考える事はありません」
茶道部女子が、笑顔で世話をしてくれる。
勇希は、冷や汗にと一緒に、ぎこちない笑顔を浮かべる。
茶道部の1年生。今日は彼らの茶事正式デビュー。上級生の指示に従ってキビキビとよく働いている。おもてなしの姿勢、細かいところへの気配り、それには感心する。
着付けの時から、懇切丁寧に、指導してもらった。勇希の着付けを担当したのは、もちろん男子茶道部員である。でも着付け=着替えである。しっかりスポーツブラで胸を締め付けて、透けない厚手のシャツを着込んだ勇希だったが、女子バレにビクビクし通しだった。着付けを何とか乗り切ると、羽織袴姿の、和服男子が出来上がった。
「お、一文字君、見事だ。君はひょっとしたら、生徒会長の器かもしれんな」
会長の雪原に言われた。冗談なんだろうけど。みんなに、似合ってる似合ってると言われた。
新生徒会メンバーとして、鷹十条がみなに紹介した時、雪原も剣華も唖然としていた。が、そこは世慣れた生徒会の面々である。何はともあれ、“何か事情があるんだろう。説明されない以上、深く詮索してはいけない〟モードに切り替わり、勇希に丁寧に接してくれている。
皆の接し方がなんであれ、生徒会も茶会も、「オレには絶対場違いすぎる!」な勇希としては、心が安まることはなかったのだが。
野点の茶会、のんびりと進んでいく。
勇希は、ふうっと息をつく。
茶会と聞いて、震え上がってたけど、それほど仰々しいものではなかった。もともと茶道部がおもてなしをする来賓は、茶事初心者もいるので、誰でも気軽に楽しめるよう、初心者への気配り配慮は行き届いていたのである。
場違いは場違い……それに違いはないけど。
勇希は少し余裕ができてきて、周りを見回す。
あちこちで和やかな話の輪ができている。
剣華は茶道部の友人と、嬉しそうに談笑している。友人に笑顔が戻って剣華は心底喜んでいた。
会長雪原と副会長鷹十条の周りには、一際大きな輪ができている。
鷹十条凛子。立ち居振る舞い物腰は完璧。まさに学園の女王。雪原も、ほっとしている。
◇
鷹十条凛子。
勇希は、もちろん気を許せず。
何なんだろうな。考える。
突如凛子に生徒会に引っ張りこまれて、下僕になれとか言われた。ありえない超展開だ。現世のファンタジー迷宮。
秘密を握られている関係で、やむをえず生徒会に入ったが、特に何かしろと言われるわけではない。まずは生徒会の仕事をしていればいいらしい。仕事のいうのも、今のところは、まだ、あまりない。勇希のような推薦メンバーは、生徒を代表しての挨拶とか、そういうのはもちろんしないので、ひたすらイベント等の裏方雑用である。
とりあえずそれをやってりゃいいのかしらん。
勇希は、“ここは流れに身をまかせよう。もうそうするしかないんだし〟モードに。
凛子が勇希を生徒会メンバーに推薦した件は、かなりなセンセーショナルを巻き起こしていた。クラスの連中もびっくりしている。一体どうしたんだ、なんでだ、と聞かれる。でも。
「そんなの、こっちが聞きたいよ!」
と、いうのが勇希の偽らざる気持ちであった。
みんなに、なんで、なんでとせっつかれので、うーん、オレは部活してないから暇だし、体力もあるから、裏方雑用係として適任だと思われたんじゃないかな、ハハハ。そう言ってお茶を濁す。
あれこれの噂が飛び交っている。
勇希が実は隠れ名門の出で凛子とは昔から昵懇だったと言う話が、まことしやかに広まっている。ありえないことだが。門閥の裏の関係というのは、この学園では妙に説得力を持つらしい。
まぁ、そう信じたければ、信じてりゃいいや、と、勇希は投げやりモード。
中には、
「鷹十条家歴代の闇から物怪が這い出して、当主である凛子様に取り憑いたのだ」
と、訳知り顔で語る者もいた。
バカバカしい。
勇希は、物怪説を聞いたとき、首を振った。そんなことあるもんか。ここは一応まだ現世だ。幽世じゃないし。
それにしても。
現世の試練の方が、幽世の試練より厄介だよな。
特に、美少女が絡むと。
超然たる美しさを誇る鷹十条凛子を眺めながら、勇希は思う。




