第21話 ニホンオオカミ孤高の栄光
英語の授業。
日本語で自己紹介のペアワーク。
よし、オレの番だ。
自己紹介。いいだろう。
ここはひとつ、オレが、きっちり男を見せてやるんだ。
お嬢様、覚悟しろよ。オレはお前の知っている、お前の見てきた男どもとは違う。そろそろ、はっきり、“わからせ” てやろう。
オレは、正面からしっかり、堂々と、蘭鳳院を見据える。
逃げも隠れもしないぞ。オレがどういう男か、おまえは知らなければ、いけないんだ。
「どうしたの、勇希の番だよ」
蘭鳳院が、いう。
フッ、
無邪気なもんだ。そんなに慌てるなよ。ここから本番、主役登場なんだ。
言うぞ。
「オレは、男だ」
蘭鳳院の、お澄まし顔。さっきから、ちっとも変わらない。
オレを、じっと見つめている。
しばしの沈黙。
「まず、名前を言うんだよ」
蘭鳳院が言った。
「自己紹介だから。日本語でいいから。落ち着いて」
うぐ……
なんだ。相変わらずこのお嬢様。上から目線だな。
「……オレの名前、知ってるだろ?」
「うん、知ってるよ。だけど、これは課題だから。自己紹介するのが、課題なの。あと、抱負も言ってね。お願い、授業についてきて」
「……わかったよ……」
ムカつく。でも、焦ってはダメだ。
「言えばいいんだろう、名前くらい……なんでもないぜ。あ……ホウフって何だっけ?」
「抱負? 心に決めている、将来の目標とか、やりたいこと。勇希だってあるでしょ?」
あるよ!
ヒーロー。ヒーローになること。誰もが認めるヒーローに。兄の悠人に誓ったんだ。
蘭鳳院よ。お前みたいな女子に、ナメられない男になること。
そうだ。それがオレの未来。
「ヒーロー!」
オレは、言った。
「オレは、ヒーローだ!」
言った。ついに言った。
オレはヒーロー。言ってよかったのかな? 大丈夫。気をつけなきゃいけないのは女子バレだけだ。ヒーローだとみんなに明かしても何の問題もない。
フッ、
どうだ。
お嬢様。目の前にヒーローが現れて、ビビったかな。
蘭鳳院は、
「うん、わかった。ヒーローね。そっか、よくわかったよ。でも、まず名前からだよ。名前から言って。自己紹介する課題なんだよ」
「……えっと、一文字勇希です」
「ほら、できるじゃない。勇希だって、ちゃんと授業についていける。課題ができるんだよ。自信を持って」
なんだ。
なんだ、これは。
なんだ、この子は……
オレはヒーローだと明かした。
でも、上から目線。むしろ、オレの保護者みたいな態度をとってやがる。
どういうことだ。
誰を相手にしてると思ってるんだ?
目の前にいるのが、誰だかわかっているのか。
おかしい。やっぱり、教えてやらねばならない。
堂々と、はっきりいってやるんだ。正面から行く。それが男だ。それが真の男だ。
「蘭鳳院、オレの、ええと……なんだっけ……抱負……そうだ、抱負、知りたいか?」
「うん、話して。それが今の課題だから」
抱負……そんなぬるい言葉じゃオレのこの決意、覚悟は伝えられないような気がする。
そんなものじゃないんだ。オレという男は……
宿命のヒーローの道。男の坂道を上るこのオレ。
よし、ここで、びしっと、キメてやろう。
「蘭鳳院、はっきりと、いおう。男のめざす道。それは、しょせん、坂道でしょう」
どうだ。
オレは男。間違いなく男。
真の男。男の中の男。
男の坂道を上るヒーロー。
最後の硬派。
蘭鳳院、おまえの目の前にいるのは、そういう男なんだよ。よくわかったか。
オレは、気持ちが昂ぶっていた。
平和なクラスで、この、お澄まし顔のお嬢様に、こんなにはっきり宣言しちゃって、よかったのかな。
いいんだ。
蘭鳳院のためでもあるんだ。こいつも、ヒーローに対する態度を、改めねばならないんだ。
蘭鳳院。しばらく、沈黙。
ずっと表情を変えない。
やがて言った。
「アイドルが、好きなのね?」
え?
なに、いってるの、お嬢さん。
ねえ、ふざけないでよっ!
「いや、そういうのじゃ……」
「だって、坂道が好きなんでしょ?」
は?
グループアイドル?
いや、そういうのじゃないんだ。
オレは、そんなこと言ってるんじゃないんだ。
オレ、真剣なんだ。本当に真剣に、おまえに向き合ってやってるんだ。
ヒーローってのは、ただ机を並べているだけの女子にも、真剣に向き合うんだ。
それなのに、なんでおまえは、オレをナメたことばかり、言ってるんだ。
オレがどういう男か、わからないのか?
オレが、こんなに必死なのに……
よし、こうなったら。
絶対、絶対、なにがなんでも、蘭鳳院に、お澄まし顔のお嬢様に、“わからせ”てやる……オレは本気だぞ!
心でぶつかる。
ただ、それだけ。オレにできるのは、ただ、それだけだ。それで十分だ。
やってやるさ!
「蘭鳳院、オレ、すっごく真剣なんだ。信じてくれ」
オレは、蘭鳳院の目をしっかりと見る。
「うん……信じるから」
蘭鳳院もオレを、じっと見ている。お澄まし顔。ピクリとも動かず。
「しっかり話す……だから、しっかり聴いてくれ」
「わかった。ちゃんと聴くから。落ち着いて、話して」
「オレは、オレは……」
よし、いってやろう。
「オレは、ニホンオオカミの、生き残りなんだ」
やったぞ。
ついに、いった。
言ってやった。
これでいいんだ。
オレにできる事はしたんだ。伝わったはずだ。
蘭鳳院、おまえがこれまで見てきた男とは、オレは違う。男を見せた。わかっただろう。
蘭鳳院は。
固まっている。身じろぎもしない。黙っている。
じっと、オレを見つめている。さっきから、そうだけど、目が少し見開いたような。
すごく、綺麗な瞳だな。
オレは、改めて思った。本当に綺麗なんだ。
あれ?
蘭鳳院が、かすかに、震えている。
どうしたんだろう?
それに……蘭鳳院の、透き通るように白い頬、それが少し、ピクピクとしている。
あ、もしかして。
怖がらせちゃったかな?
蘭鳳院みたいなお嬢様が、いきなり本物の男に触れたら、怖いと思っちゃう? 怖がっちゃう?
これは、いかん。
ヒーローたるもの、なにがあっても、女子を脅したり、怖がらせたりしては、ならぬのだ。
どうしよう。
でも、蘭鳳院も、オレとずっと机を並べているんだ。わかるはずだ。オレの、全てを包み込む、太陽のような心が。
オレは、決して女子を怖がらせたりなんて、しないんだよ。
大丈夫。
いきなりオレの本気とぶつかって、ちょっとびっくりして、怖くなったかもしれない。
しかし、いずれオレの心はしっかり受け止めてもらえるはずだ。間違いない。きっとそうだ。やっぱり、ぶつかってみなきゃ。
◇
勝利を確信した一文字勇希見つめる、蘭鳳院麗奈。
蘭鳳院は震えていた。
蘭鳳院の身体の震え、次第に大きくなっていく。
蘭鳳院麗奈は、人一倍、忍耐強い性格であった。だが、あらゆる意味で限界を超えたのである。我慢できる状況ではなかった。とっくに限界を超えていたのである。
やがて、蘭鳳院は、体を揺すり出した。頬のピクピクは、ぶるぶるに。もう、抑えることは、できない。
そして、
「ク、ク」
蘭鳳院の口から、ついに、笑いがこぼれた。
完全に決壊だ。
もう、どのような忍耐力をもってしても、止めることが、できないのである。
「プヒャ、プヒャ、プヒャヒャヒャヒャ、アハハ、アハハ、アハハハハハ、アハハ、アーハッハ」
笑い声。
蘭鳳院の笑い声。
誰はばかることもなく、蘭鳳院の笑い声は続く。
蘭鳳院は、目に、涙を浮かべていた。
止められなかったのである。本当に本当に、おかしかったのである。
こんなに笑ったのは、いつぶりだったか、蘭鳳院にも、思い出せないのであった。
クラス中が、蘭鳳院を見つめる。
蘭鳳院は、お構いなしに、笑い続ける。
「プヒャヒャ、アハハ、アハハハハ」
英語教師柿口も、唖然となっていた。
最前列の席のクラス委員長、剣華優希は、驚いて振り返る。
「麗奈が、こんなに笑うの見たの、初めて。人前で大声で笑ったりしない子なのに」
蘭鳳院の、もう1人の親友、満月妃奈子は、
「ふうん、勇希が、麗奈を笑わせたんだ。勇希って、やってくれるう、さっすが〜」
ニヤリとする。
クラス中が、ざわざわする。
「蘭鳳院さんが、あんなに笑うのを見るの、初めて」
「大爆笑してるね」
「一文字が笑わせたの? いったい、なにを言ったんだろう」
「一文字って、乙女男子ってだけじゃなく、芸人の才能もあるんだ」
「すごいやつだね、勇希って」
「蘭鳳院って、いつも涼しい顔しているけど、爆笑しても、すっごく美人だね」
「美人は、なにしても美人だよ」
「爆笑美人」
◇
クラスに飛び交う、みなの思惑も知らず、勇希は、目の前で大爆笑する、蘭鳳院を見つめていた。
なんで笑い出したんだ?
オレ、笑うようなこと、言ったっけ?
まてよ。
この前の英語の授業じゃ、オレが蘭鳳院に、大笑いさせられたんだ。今度は、オレが蘭鳳院を笑わせてやった。
そうだ、どう見ても。
オレより、もっと大爆笑させてやったぞ。
これは、オレの勝ち。そういうことだ。
( 第三章 隣の蘭鳳院さんとの対決 了 )




