第209話 物怪《モノノケ》の城
生徒会室。
今、机を囲んでいるのは、3人の物怪。物怪の集会場だ。
「この生徒会室。ここが我らのアジト」
美の鏡鷹十条凛子は、うっとりとした口調で言う。
「アジトっていう言い方は、響きが良くないっス。なんだか、悪党の巣みたいで」
未来の鏡鵯椰蔴が、口を挟む。真実の鏡隼華琶が、お前は差し出がましい口を利くんじゃない、といった調子で、鵯を睨む。
凛子は、顎に指を当て。
「うむ。そうか。では、我らが城。人間界に築いた拠点だ。ここを足場に、われらは、人間界を征服する」
隼•鵯の2人はしばし黙り込む。
話がでかくなったな。やっぱり本気なんだ。鵯椰蔴は、とてもついていけない。でも、頭に血が上った2人に、木っ端微塵に砕かれるのも嫌だ。適当に調子を合わせておこう。
「で、どうするっス? 人間界の征服って。俺たち、ひょっとして巨大化とかできちゃったりするっスか? 自衛隊だなんだ、みんな全部敵に回して大暴れするとか。そういうの面白そうっスね。あっははは」
「お前、少し黙れ」
隼華琶がピシャリという。
「凛子様、当面の任務は、一文字勇希の確保捕縛。それで間違いないですね?」
「そうだ。奴を捕らえ、必ず我らが異界の主の下に送り届けねばならぬ」
「じゃあ、とっととやるっス」
鵯椰蔴、すぐ口を挟む。黙ってるのが苦手な性分。
「奴を生徒会に引き込むことに成功したっス。お見事、凛子様。後は俺たちに任せてくださいっス。奴をここに呼んで俺と隼の2人がかりでふん縛っちゃうっスから。楽勝一丁上がり! それでどうするっス? 奴を捕まえたらどうやってその異界とやらに送り届けるんで? 異界に配達してくれる便利な業者さんとかいるっスか? 業者さんに配達をお願いしたら、第一任務終了。俺たちは優雅にバカンスか何かを……」
「お前は黙れ」
隼華琶がいう。
「凛子様、首尾よく勇希を捕らえたとして、異界に送る方法。それは我が主から、指示が届いているんですか?」
「いや、まだだ」
凛子が言う。
「異界とこちらの世界とでは、わずかな時空の裂け目、時空の重なりで、繋がっているに過ぎない。我らは、本当に本当に細い糸で、異界の主と繋がっているのだ。異界とは簡単に行き来することができない。捕らえた勇希を向こうに送る方法、それはこれから我が主が手立てを講じるから、それまで待て、とのことだ」
「なんだ。まだ準備中っスか。すぐにも、奴に飛びかかって、取り押さえてやろうと思ったっスけど」
と、鵯。隼は、ジロリと鵯を睨んで、
「とりあえず、奴の身柄を抑えておくのはどうでしょう。準備できたら、すぐに向こうに送れるように」
「そう簡単ではない」
凛子は、机に両肘をつき、手を組む。
「こっちの人間を捕えるのは、誘拐だ監禁だになる。警察が動く。用心が必要だ。うっかり正体がバレるのは、まずい。慎重に手はずを整えねばならぬ。異界に送る方法が準備でき次第、一気に奴を捕らえて送る。異界に送ってしまえば、こっちの警察には手が出せない。その手立てを講じておくのが、今の我らの使命だ」
「おお。俺たち、完全犯罪ってのをやるっスね。誘拐監禁商品発送。最近読んだミステリーだと、誘拐ってものすごく成功率低いって言うけど……」
「黙れ鵯」
隼が言う。
「じゃぁ、準備できるまで待機でいいですね。こっちの世界の勉強でもしっかりやっておきましょう。準備でき次第奴を捕まえてーー」
「それも簡単でないぞ」
凛子が静かに言った。
「お前たちは気づかなかったのか? 私は奴に触れたから気づいた。一文字勇希。相当強い力を秘めている。奴の精気、おそろしく熱く、大きかった。奴はまだ、こっちの正体に気づいていない。だが、こっちが襲いかかれば、奴の力が目覚め発動するかもしれない。迂闊に手を出すのは危険だ。しばらく生徒会で一緒にいて、奴の力を見極めるのだ。焦ってはならん。こっちの正体を悟られてはならん。そこを気をつけるんだ」
3人。しばしの沈黙。
正体を隠す。長年家宝具として埃をかぶってきたから、とっくに魔物の精気も薄らいでいる。気配を消すのは、得意だ。
「俺たちは、準備ができるまで正体を隠して、いざとなったら、勇希に反撃の隙を与えず、一気に襲って捕まえる。そういうことですね」
隼は思案顔。
「そうだ。そして、我が主からの声。もう一つお前たちに、重要なことを伝えねばならない」
凛子の声。微かに震えている。
「我らが主が棲まう異界。そこは幽世というのだ。こちらの世界現世とは、別の時空世界だ。そして、その幽世こそは、我らの故郷だというのだ。我らは、かつて幽世に棲んでいたのだ」
「えっ!」
隼と鵯、異口同音に。長く家宝具として封印され、過ごしてきた。もうとっくに、幽世魔物であったことなど、忘れていたのだ。
凛子は微笑む。
「我らは、異界幽世からこの人間の世界に来た。行き来は簡単ではないが、できるのだ。勇希を向こうに送り、人間世界を征服したら、われらは英雄として故郷に凱旋するのだ。異界幽世の主に従っていれば、夢ではない」
「おお、故郷に帰れる…… 英雄としての凱旋……」
隼華琶は、感じいったように、うっとりとした口調。
ねぇ、本当に。
鵯椰蔴は内心思う。
この2人、大丈夫っスか? 高校生1人捕まえるのも、相当危険な任務だっていうのに。人間世界の制服? 英雄として凱旋? やれやれ。こっちで、のんきにずっと家宝具やってても問題ないっスのに。
それともそのうち、巨大化パワーでももらえるのかしらん?
話が大きくなったり小さくなったりしている。俺たちも、大きくなったり小さくなったりできるようになるっスかな?




