第207話 異界戦争の後始末
生徒会室。
一文字勇希は有無を言わせず連れていかれた。副会長鷹十条凛子に。
「あの、これ、どういうことですか? なんでオレが生徒会に?」
生徒会室。イベントや会議のない時は、閑散としている。今は、凛子と勇希の2人だけである。
凛子は、両手を腰に当てて、勇希を見下ろしている。
改めて見るとーー
物凄い人だな。勇希は、凛子の逃げ場のない視線に縛られ、動悸が高まる。
生徒会副会長鷹十条凛子。
全校の尊崇を集める圧倒的美貌。絶対的な圧。非の打ち所のないその容姿は、まるで精巧に作られた美術品工芸品だ。それも唯一無二の国宝級の。“凛子様”に、2人きりで見つめられる。普通なら、生徒にとって、卒倒級の出来事だ。
精巧な工芸品が、口を開いた。
「言った通りの意味よ。生徒会に入って。私が推薦するの。書記をやって」
「はあ?」
勇希は口をあんぐり。
生徒会のメンバー。会長と副会長は全校生徒の選挙で、会計と一年生生徒会役員は、クラス委員長の互選で選ばれていた。
それ以外のメンバーは、会長副会長の推薦で、生徒会に入ることができた。生徒会といっても、イベントの裏方の仕事が多い。何かと人手はあった方が良いのだ。必要に応じて、生徒の中から、会長副会長が、書記、庶務などの適任者を生徒会に迎え入れていたのである。
副会長推薦での、生徒会入り。
勇希は頭がクラクラした。
生徒会。勇希はあまり関心なかったが、生徒の間では、そのメンバーは雲上人と考えられていた。会長副会長以外でも、みんなが一目置く人物がメンバーになるのである。
困ったな。なんでいきなりオレを? そもそもなんでオレが鷹十条副会長の目に止まったんだ? それもみんなが見てる前で、びっくりさせるやり方で生徒会室に連れてきて。
実に不吉だ。これはまずい。逃げなければ。絶対にまともな話ではない。
勇希は、しっかりと、凛子を見上げる。
「あの……せっかく選んでいただいて恐縮ですが……オレはその、生徒会とかに全然向いてなくて……それに、勉強とかもあるし。ちょっとこのお話は……なかったことに……」
凛子、じいっと勇希を見つめ、
「私、すごく勇希君に、興味あるの」
「え? なぜ?」
凛子は微笑む。勇希は、ゾクっとした。凛子の瞳に、また金色の翳が走るのを見たのだ。
この世のものではない感じ。単に、美少女だからと言うことではなく。
「これ、見て。話が早いわよ」
凛子は、スマホを取り出した。
なんだろう?勇希は覗き込む。
凛子は、スマホの動画を再生する。
写っているのは、暗い夜の光景みたいだ。夜の、外の歩道。ここはどこだろう。
何か動いている。よく見ると。
「ああっ!」
勇希は、思わず叫んだ。
包帯ぐるぐる巻きの膏薬ペタペタ貼りの男が走っている。そして、瞬く間に、姿が変わり、学ランの一文字勇希となった。
これは! 緑の館の戦いの後、紫頭巾とまた一戦した後のオレだ! ちょうど治癒が完全終了したところ?
勇希は蒼白となる。
なにこれ! どういうこと!
「ね、わかった? これ、なんなのかしら? この前、たまたま夜道を歩いていたら、妙な人を見つけちゃって。撮影したら勇希君、あなたが映ってたの。これであなたに興味を持たないって、無理でしょ。勇希君、あなたがこの前の不審者騒動の犯人なのね?」
「ええ!」
勇希は混乱する。
なに言ってるんだ!
不審者騒動? あれは確か。
最初の犯人は、緑の館の結界から迷い出たサボテン君だったはずだ。その後、また不審者侵入騒動があり剣華が出会って、撃退したという。
2番目の不審者は、サボテン君のはずがないから、誰か別の犯人がいるんだろうけど。
オレが不審者の正体だと疑われてる?
確かに。夜、学校の外を怪しい格好でうろついていたのは事実だ。なんでそんな格好したんだと問いつめられても、まともに説明することができない。バッチリ撮影されていたなんて。
「侵入した不審者は、包帯ぐるぐる巻き膏薬ペタペタの姿だったとみんな証言しているのよ。で、その正体が、勇希君、あなた。もうこれ以上証拠は必要ないでしょう」
勇希は、口をあんぐり。
騒動を起こした不審者は、包帯ぐるぐる巻きの膏薬ペタペタ。そのことを、この事件に興味なかった勇希は初めて知ったのである。
どういうことなんだ? 勇希の混乱はMAXに加速する。
不審者が、たまたまオレと同じ包帯ぐるぐる膏薬ペタペタの格好だった? そして、その格好したオレが、撮影されてた? そんな偶然奇跡あるのか?
勇希は、この後に及んでも、紫頭巾剣華と戦ったのは幽世での出来事だったと、信じて疑わなかったのである。
何が起きたのかわからないが、とにかく状況が途轍もなくやばいことはわかった。
例によって、脳が完全に蒸発した勇希は、すっかり血の気が引いて、凛子に、虚ろな眼を。
「あの……どうしたらいいでしょう?」
「そうね」
凛子は、また、手を伸ばし、白い指で、勇希の頬をすうっと、撫ぜる。うっとりするような笑みを浮かべて。ゴージャスで、圧倒的な威厳。勇希、ゾクっとする。もう、逆らえない。
「あなたのことが、もっと知りたいの。私の側にいて」
「……え?」
「うふふ。だから、生徒会に入ってって言ったのよ。私のそばにいて欲しいから」
「……」
「私の下僕となりなさい!」
凛子の、勝ち誇った宣言。
勇希は愕然と。
その時、生徒会室のドアをトントンとノックする音。
凛子が振り向く。
「遅かったじゃない。入ってきていいわよ」
ガラッと戸を開けて、女子生徒が2人入ってきた。
今日、天輦学園高校に来た転入生。
隼華琶。勇希のクラスの転入生だ。
そして、鵯椰蔴。勇希の隣のクラスの転入生。
「この子たちも、生徒会に入ってもらうわ」
2人の女子生徒、ニコニコと。
「よろしくお願いします」
凛子と、隼華琶と鵯椰蔴。
3人の女子に見つめられて、勇希は、ただただ呆然と。一体何が起きてるんだ。
「一文字勇希、私の下僕となりなさい!」
また、鷹十条凛子の高らかな宣言。




