第206話 男の坂道に待つ長身美少女
一文字勇希は、放課後の廊下を歩いていた。
さて。今日はどうしようかな。
また、校庭で自主トレして、図書室で自習して。それでいいか。平和に。平和が1番。
このところ、ずっといろいろありすぎたからな。緑の館の戦いじゃ死にかけたし。
オレは宿命の力を継ぐヒーローを背負っているんだ。戦いに次ぐ戦い。その間に、平和も欲しいよね。
5月に入ってーー
連休気分も終わり、オレたち一年は高校デビューの時期は済ませ、そろそろ本格的に高校生活始動だ。学園の空気にも慣れ、勉強だ、部活だ、新しい人間関係だ。みんなウキウキと盛り上がっている。早くもやや惰れ気味な奴もいる。みんないろいろだ。
オレは孤高なヒーロー。孤高といってもヒーローだからな。どうやらみんながオレのことを放っておかないものらしい。それについては諦めた。
フッ、
宿命か。何でも来い。いつでも受けてやるぜ。
幽世の眷属だけでなく、学園の連中がなぜかオレにちょっかいをかけてくる。これも宿命。男の坂道の試練。オレはこれまで何とかくぐり抜けてきた。強くなった。
これからもまたきっと、なにかあるだろう。が、そんなの何でもないぜ。
多少、この日常に刺激があったほうがいいくらいだ。男の鍛錬になるからな。心の鍛錬。これ、重要。
今度はどんな刺激が起きるんだろうーー
そういえば、今日。うちのクラスに、転入生が来た。
「隼華琶です。よろしく」
そう言って天輦学園のセーラー服に身を包んだ転入生女子は、ペコリと頭を下げた。一つ編みの髪の、なかなか感じの良い子だ。
今日、隣のクラスにも、女子の転入生が来たそうだ。連休が終わると、転校転入ラッシュになるのか?
隼華琶。自分の席に案内される時、チラっとオレを見た。目が逢った。なんだ? 隼華琶は、妙に意味あげな目線だったーー
でも。会うのは初めてだ。オレの気のせいだろう。
放課後の廊下。歩くオレの前に、誰かが立った。
ん?
背が高い。女子。セーラー服制服姿。
オレをしっかりと見下ろしている。
相手はーー
あ。
オレは気づいた。
この学園の超有名人。誰もが知っている生徒会副会長。2年生の鷹十条凛子だ。
◇
鷹十条凛子。
オレは、突如目の前に現れた長身美少女を見上げる。学園の女子どもが、“凛子様”と呼んでキャーキャー騒いでいる。確かにそれだけの事はある。一目で悟った。
堂々たる長身と抜群の頭身バランスにプロポーション(鷹十条凛子は身長175)
長い黒髪は、くるくる縦ロールにしている。それが全然野暮ったく見えず、優雅で、気品に溢れている。切れ長の瞳。威厳と高貴さを示す唇。
麗奈や満月とはまた違った、超現実的別世界感ゴージャス感がある。
なんでもすごい名門のお嬢様らしい。お嬢様と言うだけでなく、強いリーダーシップ、人望人徳があり、中等部では、剣華の先代の生徒会長をしていたという。取り巻きも多い。普通の生徒は、やたらと近づけない。オレもこれまで遠くからしか見たことない。みんなが、あれが“凛子様”だよと言っているので、自然と顔と名前を覚える。学園でピカイチに目立っている。
その、超大物有名人がオレに挨拶。
「生徒会副会長鷹十条凛子です。一文字勇希君ですね。初めまして。よろしく」
鷹十条凛子は微笑む。実にエレガントだ。
オレはドギマギとなった。なんだ。学園の超有名人が、オレに何の用なんだ? それにしてもこの学園、長身美少女が多いな。長身美少女ってのは決まってオレに厄介事を持ち込むんだけど。
不吉な気がした。が、ともかく挨拶。礼儀作法は、きちんと。
「あ、一文字勇希です」
鷹十条凛子の切れ長の瞳が、オレをしっかり掴まえる。ロックオン。優雅でゴージャスだけど、その眼光。有無を言わせぬの力がある。おや? 瞳に、一瞬、金色の翳が過ぎったようにみえた。まさか。超ゴージャス美少女だから、そんなふうに見えた気がしただけだろう。
で。何が起きるんだ?
魔物と違って、人間てのはわかりにくい。特に美少女っていうのは。美少女の中でも。
こいつは特に手強いーー
オレの直感が危険を告げた時ーー
すっと、鷹十条凛子が、手を伸ばしてきた。
「え?」
それは、完璧に優雅で洗練された動きだった。思わず見惚れちゃうくらい。華やかな舞踏会で、ダンスの誘いでもするかのように。
だが、伸ばされた手は、ダンスの誘いではなくーー
「ええっ!?」
オレの顎を、クイッと持ち上げた。
何なんだ? いきなりの刺激……強すぎるぜ!
オレと長身美少女、目線がぶつかる。学園の廊下。もちろん、他の生徒もいる。みんなびっくりして見ている。何が起きたんだ? そういう顔。何が起きてるのか、オレが1番知りたいよ。誰か教えてくれ。
鷹十条凛子は言った。強い眼差しでオレをロックしたまま。有無を言わせぬ口調で。
「一文字勇希君、生徒会に入りなさい」




