第205話 物怪《モノノケ》の出陣
「誰か、俺と美の鏡のやつと、一緒に行くものはいないか。人間どもとの戦争だ。封印を解いてやるぞ」
真実の鏡。封印が解けて姿を変じ、今は少女の姿。
カタカタ、カサカサ、
家宝具たちが微かに揺れる。物に封じ込められ、取り憑いて歳月を経たかつての魔物たち。皆、
断固反対!行きません!
の、意思表示。
「それは許さん」
真実の鏡、部屋中を見回す。
家宝具。鷹十条家歴代の家宝。
実に様々であった。
翡翠に瑪瑙、珊瑚に琥珀、惜しみなく使い贅を尽くし数奇を凝らした工芸品装飾品。うっとりする美しさ出来栄えの品々。箪笥に脇息、卓子などの調度品も、黒檀白檀の材に金銀を嵌め込んだ見事なもの。そして、箒や塵取りなどの日用品もあった。いずれも由緒あるものである。
でも、今、役に立つものは。
いない。いるわけないか。
真実の鏡は、焦りを感じた。
美の鏡のやつは、何かとんでもないことをおっぱじめようとしてるっていうのに。
家宝具。物怪たち。本来の名前も姿も、とっくの大昔に失って、ずっと埃をかぶってここで歳月を経てきた。そうこうするうち、ひたすら惰眠を貪って、ただただ安寧を楽しんでいたい、みんなそう考えるようになったのである。
昔は、鷹十条家の当主が、必要に応じて封印を解き、物怪たちを自らの戦いに使うこともあった。封印した物怪の精気を操り使役することこそ、鷹十条家に継承された奥義だったのである。
だが物怪たちが当主に封印を解かれ、戦場に駆り出されることも、絶えて久しくなかった。
戦うことーー家宝具の間で安寧に過ごすうち、みんなすっかり忘れていた。
最後の出陣はいつだったか。真実の鏡にしても思い出せない。いや、出陣したことがあったかどうかさえ。なんだか記憶が薄らいでいる。何しろ遠い昔の話だ。
とにかく、誰かを選ばなくてはいけない。
真実の鏡は、1つの家宝具の前に立ち、被せてある赤い布を剥がす。
鏡だった。この鏡は、“未来の鏡”と呼ばれる。
ーー えー、俺、いやっスよ ーー
未来の鏡は、訴える。
「ダメだ。鏡の同族のよしみで、ついてくるがよい」
ーー 同族のよしみで、見逃してくれないっスか? ーー
未来の鏡は、必死だが、
「もう決めたことだ。誰かは行かねばならぬ」
ーー えー。俺なんか絶対何の役にも立たないッスよ ーー
「……それはみんな一緒だ。行くぞ」
真実の鏡は、力を秘めた言葉を放つ。
「解き放たれよ。姿を変ぜよ」
未来の鏡、抵抗虚しく封印を解かれ、これまた少女の姿、王朝装束の少女の姿となった。
「ああ、もう」
未来の鏡、未練がましく、自分の姿、そしてあたりをキョロキョロ見回す。
家宝具たち。
みんな、一様に、ほっとしている。
よかった。選ばれたのが自分じゃなくて。
囁き声が、幾重にも重なって、聞こえる。
「横着者どもめ」
自分が散々行くのを嫌がって抵抗したことを棚に上げ、未来の鏡、恨みがましく言う。
「仕事だぞ」
真実の鏡が言う。
「……何を」
「ここの後片付け。掃除だ」
「やれやれ」
未来の鏡は、大げさにため息をつくと、家宝具の中から、箒と塵取りを取り出し、床に砕け散った鏡の破片を集める。本来、ここの箒と塵取りは、日常仕事に使ってはいけないのだが。
「これ、どうするっスか?」
鏡の破片を集めた塵取りを手に、未来の鏡は言う。
「うーん」
真実の鏡は考える。美の鏡の奴は、取り憑いた鷹十条凛子の体を気に入っている。もう、鏡の姿に戻るつもりはないだろう。かといって。何があるかわからないからな。
「美の鏡の台座はしっかりしている。そこの抽き出しに入れておこう」
未来の鏡、うなずいて、鏡の破片を片付ける。
「よし、これで準備完了だ。ここですることは、もう無い。未来の鏡よ、行くぞ。美の鏡についていくのだ。異界から届く主の声。それに従う。もう俺たちはそうするしかない。出陣だ」
「出陣……っスか?」
威勢の良い真実の鏡の後をついていきながら、未来の鏡は思う。
出陣。確かそれは。本来、家宝具たちの主である鷹十条の継承者に従っていくものだったはずッス。
今は誰か別の。異界とやらの主に従って。
なんなんだ。これは何なんだ。
何百年に一度……いや、千年に一度あるかないかの、大事件が起きている。そうじゃないのか?
とんでもないことに、首を突っ込もうしている……
これからどうなるのか……
未来の鏡、前を行く真実の鏡を見ながら、
言わないほうがいいだろうな。
そう思った。
真実の鏡。こいつも、なんだかんだ美の鏡に引きずられて乗り気になっている。
でもーー
俺は視てしまったっス。
未来の鏡。まさしく、未来を視る能力によってそう呼ばれるのである。ただ、いつでも好きな時に、視たい未来を見るということはできない。
ごく稀、突然に、はっきりと、闇夜に走る雷光に照らされた世界のように、未来が視えるのである。
今しも、視えた未来。
不吉だ。




