第202話 鷹十条家の儀式
鷹十条家。
日本でも指折りの名門旧家である。表にこそ出てはこないが、この国の各界で隠然たる勢力を誇る伝統の権門である。
鷹十条家の邸宅。
贅を尽くした、宏壮な和風建築である。正面には、寺院でしか見ることのできない大きな立派な門。来訪者は、まずここで圧倒される。そして、門の向こうにある白砂の前庭。その奥の、寝殿造の邸宅。水鳥が遊ぶ池には、朱の欄干の橋が見える。伝統の重みを感じる平安王朝風建築である。
門の中に一歩入ったものは、そのゆったりと流れる時間とともに、王朝の日本に迷い込んだような錯覚を覚えるのだった。
鷹十条家の年中行事やパーティーの折には、各界の大物著名人がこぞって詰めかけるのである。
しかし年に何回かの喧騒を除くと、この王朝風別世界は静まりかえった空間であった。水の音。鳥の鳴き声。虫の声。時折、響くだけである。そこだけ王朝の雅を伝える俗世間と隔絶した空間。
鷹十条家の当主。
鷹十条凛子。
まだ16歳。高校2年生である。
だが、鷹十条家の当主であった。凛子は、早くに両親をなくしていた。法律上は子供なので、身内の者が後見人となっていたが、鷹十条家の昔から続くしきたりでは、15歳で成人し、当主となることができたのある。
朝。
鷹十条凛子は、邸宅の奥の書院へと向かっていた。
雅な和服姿である。普通の着物ではなく、平安王朝風装束。
鷹十条家の儀式。それを執り行うのである。当主の重要な務めであった。
鷹十条家では、月に何度か、昔から定められた日を選び、卦を立てるのである。占卜の術も、代々当主に伝わっていた。今日、卦を立てたところ。
解があった。
ーー 家宝具の間を詣うでよ ーー
今。
鷹十条凛子は、着物の裾を引きずりながら、しずしずと、長い廊下を渡り、書院へ向かっていた。書院。古くから伝わる鷹十条家の文書が保管されている建物である。文書だけでなく、歴代の道具、家財、家宝も収められていた。鷹十条家の最奥で最重要の場所。
家宝具の間。書院の一角にあった。
厳重に、錠が下され、封印がしてある。最も大切な家宝を納めた間である。
ここを開くことができるのは、当主だけであった。
当主の鷹十条凛子。
一呼吸する。
ここに入ったのは、まだ、父親、つまり、先代当主が存命の時、一緒に連れられて入った時。次に、去年、当主を継いだ時。そして、今年の初め、卦に、家宝具の間を詣うでよ、と解があった時。
その三回だけである。
今また、解があった。家宝具の間の儀式を執り行わなければならない。
「落ち着け」
凛子は、自分に言い聞かせる。去年、当主を継いだばかりの、16歳の少女である。鷹十条家の重要儀式とあって、緊張が走る。
「大丈夫。この儀は、一度やった。きちんと勤めることができた。今度だって、問題ない」
意を決した鷹十条凛子。
家宝具の間の錠を開け、扉に手をかける。
ギイイッ、
荘重な音とともに重い扉が開く。
凛子は、中へ、一歩。
ぶるっと体が震える。
中の空気。重い。この国指折りの名門旧家に代々受け継がれてきた家宝具。積み上げられた歴史の重みが、埃とともに舞い上がり、凛子を包む。
ーー これは単なる文化財以上のものだ ーー
と、先代から教えられてきた。これまで、公開された事は無い。外部の研究調査も、受け入れていない。だから実際どんな価値があるのかわからないけどーー
強く感じる重み、身を圧する空気に、凛子は、信じることができた。ここには、世に二つとない宝がある。
家宝具の間の入った凛子。
億する事は無い。昔から定められた手順に従って、儀を執り行おう。
私は、鷹十条家の当主なのだ。
凛子は、家宝具の間の正面に進む。
紫の布を被せられた家具。凛子が布をとると、現れたのは、鏡。
等身大の鏡。縦長の楕円形。鏡面を嵌めた木製の台には、美しい模様が彫り込んである。開け放たれた入り口から入ってくる光を反射して、きっちり和服を着付けた凛子の姿を映しだしている。
美の鏡。
この家宝具は、そう言い伝えられてきた。
今朝の解。
ーー 家宝具の間に詣でよ 美の鏡の尋ねよ ーー
そうあった。
よし。儀式を。
凛子は、意を決して、鏡に尋ねる。
「鏡よ鏡、この世界で1番美しいのはだあれ?」
美の鏡。
キラリと。
光ったように。なんだか笑ったように見えた。
ここでは、当主のこの問いに対し、鏡が、
「それはもちろん、あなた様です」
と、答えるのが、儀式のすべてだった。何のための儀式はわからないが、とにかく昔から、解があった時、こう執り行なわねばならないのである。
鏡の答えを待つ凛子。答えは決まっているのだ。これで儀式は終わりーー
だが。
鏡は答えた。
継承されてきた儀式とは、異なる答えーー
「それは、一文字勇希です」
え?
予期せぬ事態に。
凛子は呆然となった。
そして、急に頭がぐるぐるぐるぐると。
何? 何が起きてるの?




