第2話 転校初日、少女の《 男 》デビュー 隣の美少女蘭鳳院に消しゴム飛ばされた!
「今日から、皆さんの新しいクラスメイトとなる、一文字勇希君です。さぁ、一文字君、自己紹介して」
担任の春沢先生の声。
春沢先生、20代後半の女教諭。
優しい顔立ちに、柔らかい声。
転校初日。朝のホームルームだ。
20数人の生徒たちの視線が一斉に私に注がれる。転入生に興味津々。まぁ、普通のことだ。
私は呼吸を整えながら、クラスを見回す。
女子はセーラー服。男子は詰襟学ラン。
ここの生徒。さすが名門エリート校だけあって、毛並みが違う。みんな、お行儀良さそう。
ま、感じは良いな。
とりあえず、ほっとした。
あれよあれよと言う間の転校。
冗談であって欲しい。嘘であって欲しかったけど、全部本当のことなんだ。
本当に来ちゃった。兄の通ってた、天輦学園高校。
私は、ここで、ヒーロー跡目にふさわしい人間とならねばならない。
私は “男子生徒“ 詰襟学ランを着ている。
これからは、男子高校生。
女子だとバレてはいけない。
絶対に。
バレたら……呪い、人面犬、鬼面鳥、そんなのが襲ってくる……
本当に大丈夫?
でも、やるしかないんだ。
私は一呼吸して、挨拶する。
「えーと、今、先生に紹介された、一文字勇希です。みなさんとは、半月遅れの入学ですが、同じ新入生として頑張っていきましょう。よろしくお願いします」
すらすら言えた。
今日の教室デビュー。ちゃんと練習してきたんだ。
でも。
男っぽく言えたかな……どう見えただろう……私。
男子……に見えてる?
やっぱり……ちょっと、声が上ずっちゃったかもしれない。けど、まぁ、転校生が緊張している、そういうことにしとけばいいんだ。
ちょっと心に余裕が出てきた。
その時、
「かわいい」
声が聞こえた。クラスの誰かか。
は?
かわいい、だって?
それ、私のこと?
「そうだね、すごくかわいい、」
また、いう、声がする。
え、なに?
なにいってるの? かわいい?
かわいいって、いってるの? かわいいって、なんのこと? どういう意味?
私はぶるっと震えた。
まさか……
私を……女の子だって言ってるの?
クラスが少しざわつきだした。
「かわいい、かわいい、かわいいかわいい…」
みんなの声が大きくなる
「すごく可愛い子だな」
「学ランの女子……応援団みたいな……うん、団部女子だね」
「団部? そうかなぁ……いや、乙女だよ……ほら、乙女男子」
「そうだ、乙女男子だ、乙女男子!」
「ボーイッシュな、美少女……」
「いや、美少女なボーイッシュだよ」
「あはは、うまいこと言うね。確かに、美少女なボーイッシュだ」
「うーん。ボーイッシュとか、いらない。普通に美少女でいいよ」
え? なに? ……みんな、なにいってるの?
私の頭の血が、上ったり下がったりを、繰り返した。
頭の中がぐるぐる回る。
かわいい? 乙女? 美少女?
つまり、やっぱり……女子? 私が女子だって? 私が女子だって言ってるの?
女子にしか、見えないっていってるの?
「かわいい、かわいい、かわいい」
「乙女、乙女、乙女」
「美少女、美少女、美少女」
クラスのざわめきは、どんどん大きくなる。女子も男子も、みんな、私の顔を見ながら騒いでいる。
うわあああ! うわああああ!
やばい、やばいよ!
私の視線は、クラスの中を行ったり来たりする。
どこもかしこも、私をさして、可愛いだ、乙女だ、そんなこと言っている。
女子バレ!!
いきなりバレた!?
絶対避けなきゃいけないこと……それがこんなに早く?
女子だとバレたら…… 男子と認められなかったら……一族の跡目失格。
そうしたら、呪い、人面犬、鬼面鳥……
いやだ!
そんなのいやだ!
ここで私の人生終わらせたくない!
何が何でも、私の人生を守る!
絶対にヒーロー跡目になるんだ。男子と認めさせてやるんだ。
こうなったら、
「うおおおおっ!!」
私は、叫んだ。そして思いっきり右足をあげた。そしてそのまま教壇を踏んづけた。
女子のスカート制服じゃ、これ、とてもできないよね。でも、私は男子。問題ない。スラックスって、いいな。
クラスのみんな、度肝を抜かれている。
いきなり教室中が、シーンと静まり返った、みんな固まっている。こっちを見つめている。
いいぞ。
よし、いける! 行くぞ! ここが勝負だ!!
「いいか、お前らにいっておく! よっく聞けっ!」
私は、あらん限りの大声を出した。教室一杯、学校中に、轟くように。
「オレは男だ! 間違いなく男だ! どうみても男! 正真正銘の男! 混じりっけなしの男! 純度100%男! 誰にも文句言わせねえ!……
そうだ! 男だ! 男だ! 絶対に男だ! 男と言えばオレ、オレといれば男。
オマイら、オレを見て、どう思った? 男に見えるだろ? 男にしか見えないだろ? そうだよな! もちろん、そうだよな!」
もう絶叫だ!
私はクラス中を、にらみつけた。
右から左まで、手前から奥まで。
みんなポカーンとしている。口あんぐり。目をぱちくり。どいつもこいつも。
いいぞ。大丈夫。この調子だ。
「もし、オレのことを」
私はさらに声を張り上げた。教壇を右足で踏んづけて、両の拳を握り締めながら。
「オレに向かって、女々しいだ、ナヨナヨしてるだ、女の子みたいだ、なんて、ふざけたこと言うやつは、許さねぇ。
ナメるなよ。覚悟しろ!
ふざけたこと言う奴には、この二つの拳が火を噴くぜ。本当だぞ、どうなっても知らねーぞ、いいか、わかったなあっ!!」
あらん限りの絶叫。
そして、両の拳を前に突き出す。
私の決意、私の覚悟。
それを見せつけるんだ。奴らに、こいつらに、エリート校の嬢ちゃん坊ちゃんどもに。
みんなは、まだポカーンとしている。誰も何も言わない。言えるわけがない。身じろぎ一つしない。
やった。
やった。
やってやったぜ。
私はふうっと息を吐いた。
「あの、一文字君」
担任の春沢先生が言った。柔らかな笑顔。それが少し引き攣っている。
「教壇から、足を下ろして」
私は足を下ろした。
「さあ、こっち。一文字君の席はここよ」
私は席についた。
男デビュー。
……やったぞ。
成功……かな?
うん……成功だ。やってやった。
あれだけ言ってやったんだ。もう誰も、私のことを女子だなんて思うまい。
私は男。間違いなく男子。叩き込んでやったぜ。みんなの頭に。
あはは。
もう大丈夫。
しんと静まっていた教室。また、少しずつ、ざわざわしてきた。
◇
朝のホームルームの後、最初の授業が始まるまでの短い休み時間に、声をかけられた。
「一文字勇希君」
私は顔あげた。
「はじめまして。私は、クラス委員長の、剣華優希、よろしくね」
「あ、はい。よろしく」
私はいう。
ボブショートの、キリッとした顔立ちの子。凛とした声。優しい、そして力強い声と眼差し。
背が高い。
なんかちょっと押されるな。この子には。押されるのは、身長だけの問題ではない。(剣華優希は、身長170)
威厳……感じる。
「さっきの自己紹介、面白かったよ。芸人志望なの? 何かあったら、相談してね、いじめとか、絶対許さないんだから」
それだけ言うと、一つ微笑んで、クラス委員長剣華優希は、くるっと踵を返し、最前列の席に着く。
キビキビした動きだ。
芸人? いや、別にそうじゃないって。
私は男だってアピールしただけなんだけど。
でも、まぁ、いいや。女子バレしなきゃ、それでいいんだ。
委員長、なかなか可愛かったな。そして妙に威厳のある子だった。ま、クラス委員長だから、威厳あったほうがいいよね。
いじめを許さないと、言ってた。もっともだ。そうあるべきだ。クラス委員長は正義派なんだ。
うん、いいぞ。みんな、安心できるよね。
あ、そういえば
私は気づいた。
隣の席の子。
左の窓側の女子。
まだ、挨拶してなかった。いろいろ頭がのぼせ上がっている。あれこれ周りが見えてない。
ちゃんと挨拶したほうがいいよね。
私は左隣の席の子を見る
向こうはこっちを向いていない。左手で頬杖をついて前を見ている。授業は始まってないのにずっと前を見ている。時折ふっと窓のほうに視線を向ける。ずっと黙ったまま。
うーん、この子……
私が席についてから、1度もこっちを見ていない? 確かそうだ。
一回も目線は合わせていない。声も聞いていない。
すごいお澄まし顔だ。
ま、挨拶は、ちゃんとしとこう。
「あの、オレ」
私は声をかけた。
ん?
あれ? なんだ?
隣の子は、ピクリとも動かない。全然。知らんぷりの、お澄まし顔で。
さっきから、そのまま。
私が存在してないみたいに、前を向いている。頬杖をついて。
私の声が聞こえてないの?
いや、そんな事は無いはず。なんだろう。まぁ、いいや。とっとと挨拶だけしておこう。
「さっき自己紹介したけど、えーと、一文字勇希です。これからよろしく」
言い終わる。でも、隣の子はピクリともしない。
聞こえてないの?
その時、不意に、隣の少女はこっちを向いた。
体は、動かさず、顔だけ、私の方を向く。
隣の子と、初めて顔を合わせた。
すごく、距離が近い。
ぎくり、となった。
なんだ、この子は。
すごい、綺麗……美少女……
ちょっと動悸がした。
いや、横顔を見た時から、綺麗な子だと思ったけど、真っ正面で、すごく近い距離で顔を合わせると、本当に……
綺麗。
漆黒の髪が、さらさらと肩の下まで垂れている。髪の下の、すごく白い肌。透き通るみたいな。
そして、私を真正面から見る瞳。黒い瞳。吸い込まれそうだ。
「私は、蘭鳳院麗奈」
隣の席の美少女がいった。
透き通った声。
蘭鳳院麗奈は、それだけ言うと、また前を向いた。
え? 何なの?
いや、こっちが挨拶したから、向こうも挨拶してくれた。
それだけ。
別に変じゃ……ない……
私は、まだ蘭鳳院麗奈から、目を離せない。
横顔も、もちろん綺麗だ。すごく。
でも、蘭鳳院は、もうこっちを見ない。時々ちらっと窓の方を見る。私の存在などなかったかのように。
挨拶を交わしたこともなかったみたいに。
そっけない子だなあ。
けど、まぁいいか。
そうだ。あんまり、クラスメイトと仲良くなっちゃいけないんだ。
とにかく、女子バレ、それに気をつけるんだ。
あまり、クラスメイトのことなんて、考えちゃいけない。
隣の子のことだって。
私はやっと蘭鳳院から、目を離し前を向いた。
私と、蘭鳳院麗奈の初顔合わせ。
本当にちょっと、ちょっとの間のことだった。
ほんの一瞬。
でも、それで……ほんとに、ドキっとした。
中学の時も可愛い子はいたけど、そんなにドキっとは、しなかった。
今まで見てきた可愛い子。どの子より断然、蘭鳳院は、かわいい。綺麗だ。すっごい美少女だ。
こんな美少女、見たことない。
新しい高校生活。
美少女と席が隣に。ちょっとだけ、ワクワクした。
◇
午前中の授業が始まった。
ふと、私は気づいた。消しゴム。消しゴムを忘れちゃった。
どうしよう。今、使いたいのに。
こういう時は。
私はチラッと蘭鳳院を見る。
相変わらず蘭鳳院は、前を向いている。まぁ、授業中だから当然だけど。
蘭鳳院に借りよう。うん。隣の席の子に、消しゴムを借りる。別に問題ないよね。
「あの、蘭鳳院さん、消しゴム、貸してくれませんか。忘れちゃって」
私は、妙にドギマギしながら言った。落ち着け。別に焦る事は無い。
蘭鳳院は、こっちをみない。
でも、私の声は、ちゃんと聞こえていた。
蘭鳳院は、白い指で、自分の机の上の消しゴムをひょいと持ち上げた。
そして優雅な、本当に優雅な身のこなしで、私の方を向きざま、指で、消しゴムをパチンと弾いた。
私に向けて。
ペシッ
消しゴムは、私の左の頬に当たった。そして机に落ちる。
え?
なに? なんなの?
いったいなにが起きたの?
私は固まった。
そりゃそうだろう。
蘭鳳院は、もうこっちを向いていない。
私の顔に消しゴムをぶつけると、すぐ前を向く。
お澄まし顔。
私なんか目に入らないように、一言もしゃべらない。
この子いったい、なんなの?
私は混乱した。
いきなり乱暴だな。乱暴すぎじゃない? これってアリなの?
授業中、先生の退屈な声が続いている。
うーん、
私は、少しして落ち着きを取り戻してきた。
蘭鳳院麗奈。
乱暴だけど、とりあえず消しゴムを貸してくれた。まぁ、いい子なんじゃないかな。
そうだ。
私は思った。すごく綺麗な子だ。美少女だ。
だから、男子にちょっかいされたり、迫られたり、そういうのばっかなんだ。うんざりしてるんだ。
で、近寄ってくる男子は、ハエでも追うように、払いのける。
それが習慣なんだ。きっと、そうに違いない。
私は転校早々、隣の美少女に、ちょっかい出そうとした、男子。
そう思われた?
いや、本当に、消しゴムなかったから、借りただけなんだけど。
私はとにかく、消しゴムを使った。使うために借りたんだ。
そしてーー
「蘭鳳院さん消しゴムありがとう」
私は、蘭鳳院に、消しゴムを返そうとした。
「いらない」
蘭鳳院は、いった。
「それ、あげる。まだあるから」
すごく、透き通る声。
こっちを全然見ない、顔も動かさない。
ただ、透き通る声。突き放すような言い方
あの……別に、消しゴムを利用して、仲良くなりたいとか、そんなこと考えてるんじゃ、ないから。
隣の席の美少女に、私も興味はあった。でも、この態度じゃ……
なるべく、距離をおこう。
やっぱり男子と関わるのを、この子、避けてるんだ。
私と関わるのは嫌だ。そういう態度。それは、よくわかった。うん。なるべく、私も関わらないからね。
まぁ、でも、これっていいんじゃない。
私は完全に男子だと思われている。
男子だと認められている。
かえって、好都合だ。
うまくいってるじゃない。
クラスメイトと仲良くなる必要なんて、ないんだ。なっちゃいけないんだ。
隣の子のことなんて気にしない。気にしない。
でも、私は甘かったんだ。