第197話 参上! 紫頭巾
「どうしよう」
剣華は、とっさの判断を迫られた。
間違いなく、この前茶道部女子生徒を脅した、コスプレ仮装包帯男だ。学園内部のものが、外部からの侵入者が、それはまだわからない。
「とにかく、このままじゃいけない」
剣華は、植え込みに身を隠し、思案する。向こうは、剣華に気づいていないようだ。
「このまま気付かれないように、校舎に戻って、すぐ人を呼んでこよう」
当然の判断。学園の生徒として、そうするべきであった。
だがーー
「もし、人を呼んでくる間に、不審者が逃げちゃったら?」
大事な友人を脅した女子の敵を前に、剣華は怒りで、完全に頭に血が上っていた。
絶対に逃すわけにはいかない。必ず捕まえて、懲らしめてやらなきゃ。みんなが安心して、学園生活を送るために。不審者は、剣華に見られていることに、全く気づいていない。捕まえる絶好の機会だ。
しかし、自分1人で捕まえられるか? 正義の怒りの使徒と化した剣華に不審者に対する恐怖心はなかった。だが、ここは冷静にならざるを得ない。剣華に武道格闘技の経験はなかった。闇雲に飛びかかって、素手で取っ組み合いして取り押さえる?
さすがにそれは難しい。
でも、このまま黙って見逃すのも嫌だ。女子の敵。絶対に許すことができない。
どうしよう。
剣華は、ジリジリとする。
「とりあえず、緊急メールで、不審者侵入を知らせて、応援が来るまで、私はここで見張っていよう」
バッグの中のスマホを取り出そうとーー
「あっ」
しまった。なんてことだ。私としたことが。さすがの剣華も、うろたえる。スマホが無い。生徒会室に、置き忘れちゃったんだ。こんな時に。完全に怒りで頭に血が上っていて、うっかりしちゃったーーこれじゃ誰も呼べない。
ぼんやりとした灯りの中、包帯男は、キョロキョロしている。今日の獲物を物色してるのか?なんてやつだ。絶対許せない。誰もここに来なければ、包帯男も諦めて帰ってしまうだろう。ここで逃しちゃダメ。なんとしても、取り押さえねば。
メラメラと燃える正義の炎。
その時、ふと、気づいた。
茶室の隣の武道場。
あそこに行けば、何かあるはずだ。
剣華、急ぎ武道場へ。
◇
茶室の隣に武道場はあった。ここも立派な日本家屋の造りである。
剣華は、生徒会室の鍵を持っていた。この鍵は、学園の主だった施設と共通のものである。生徒がよく利用する施設なら、大体この鍵で開くのである。
武道場も。剣華の鍵で開いた。
中に入る。電気をつける。ここは、電気がある。
「電気をつけたら、不審者に気づかれて、逃げちゃうかな?」
一瞬、そう考えたけど、武道場の窓があるのは、日本庭園の反対側だ。電気の明かりは、不審者に見えないはずだ。
剣華は、武道場を見回す。
あった。
壁に、木刀が架けてある。
剣華は、1本手に取る。しっかり握り、ビュッ、と、振ってみる。剣道は、中学の体育の授業でやっただけだ。もちろん、剣道は竹刀だから、木刀を振ったことなどない。
木刀の重み。威力を感じる。
これでよし。
剣華の正義の心、奮い立つ。
「これで、あの女子の敵をやっつけてやる!」
木刀でも十分な殺傷力があるので、やたらと人を打ち据えたりしてはいけないのだが、頭に血が上った剣華にそれはわからない。
「よし、行くぞ」
卑劣な女子の敵を成敗へ。
歩み出そうとする剣華、ふと、武道場の壁に掛かっているものに気づく。
「これ、いいね」
手に取る。
紫の頭巾と全身をすっぽり覆う和服。剣道部が、武道場で、時代劇風のコスプレ撮影した時のものだ。
「これを着ていこう」
紫頭巾装束を、頭からかぶる。顔は、目だけ出す覆面だ。
「これで、相手と互角」
紫頭巾の覆面の下で、剣華は微笑む。
セーラー服の女子高生だと、相手にナメられるかもしれない。それに、不審者は、外部から侵入した本物の変態変質者かもしれない。顔を見られて、後日、絡まれたりしたら嫌だ。剣華は女子の敵に立ち向かうことを決して恐れないが、やはり変態変質者とは、関わり合いになりたくないのである。
紫頭巾装束をすっぽりと被り、木刀を手にした剣華。学園の平和を脅かす女子の敵に鉄槌を下さんものと、正義の怒りの炎が完全に燃え上がる。茶室、庭園の方へと走る。
「学園女子を見くびるな!目に物見せてやる!」
どう見ても高校生の本分を完全に逸脱した行動だったが、優等生剣華にとって、女子を守る正義は、何よりも尊く、優先されねばならなかったのである。
闇の濃い庭園。石塔の灯がぼんやりと。
不審者。包帯ぐるぐる巻き男。
いた。まだキョロキョロしている。
絶対逃さない。
紫頭巾剣華は、植え込みの陰で、息を整える。




