第196話 剣華優希、正義の怒りのパトロール
剣華優希は、怒っていた。
「絶対許せない!」
茶室に出現した不審者のことである。
生徒会室に、剣華の凛然たる声が響く。
「この伝統ある学園で、女子生徒が不審者に脅されるなんて!」
ドン! と机を叩く。
生徒会メンバー、黙り込む。
剣華は、生徒会役員だった。選挙はまだだが、4月入学した1年生の各クラスから選ばれたクラス委員長による互選で、一年生代表の生徒会役員が選ばれるのである。
剣華優希は、当然のように選ばれた。中等部で生徒会長をしていた実績がある。早くもみんなに一目置かれていた。
剣華の熱弁。
「脅された茶道部の子、私の中等部からの友人なんです。今度、生徒会をおもてなしする茶事ができるって、張り切っていたのに」
茶道部は、本格的な来賓を招く茶事の練習として、5月に新生徒会を招いて茶事を行うのが慣行であった。一年生の部員にとっては、晴れの正式デビューとなる。
剣華の友人の茶道部女子生徒は、
「 優希、生徒会役員に選ばれてよかったね。今度、茶道部一年生の正式デビューで 優希をおもてなしできるなんて、すごく嬉しい。ワクワクしてるから」
頬を紅潮させていた。
「ふふ。結構なお手前、楽しみにしてるね。和服の着付けも大変だけど、お互い頑張ろうね」
剣華もそう言って、友人と笑いあった。
それがーー
「ほんとにすっごく怖がってるんです!このままじゃ、絶対いけません!」
気色ばむ剣華に圧されていた生徒会メンバーだったが、会長の三年生雪原透がコホン、と咳払いをして、
「剣華、話はわかった。みんな、お前と同じ気持ちだ。もちろん何もしないわけじゃない。これは学園全体の問題だ。理事会も緊急召集されて動いている。警備体制の強化、防犯カメラ防犯センサーのチェック、もう始めてるぞ。生徒を守る。これはみんなの思いだ」
会長の威厳ある声音に、生徒会メンバーたちは、みな、うなずく。
剣華は思案顔。キッと口を結んだまま。いちど正義の炎が燃えあがると、容易には鎮まらないのである。
「防犯カメラや、防犯センサーはこれまでもあったけど、反応しなかったんですよね?」
「そうだ」
「故障でもなく……そうすると、やっぱり、学園内部の者の仕業でしょうか」
皆、また黙り込む。
学園内部に犯人がいる。それは、考えたくないことであった。
しかし、剣華は、
「ここはどうでしょう。私たちで、学園内をパトロールしてみては」
雪原は顎を撫ぜて、
「パトロール? この広大な学園の敷地を?我々だけでは無理だ」
剣華はきっぱりと、
「いいえ、生徒会の目が光っている。それをアピールするんです。我々が本気の姿勢を見せれば、きっと犯人も怖じ気付いて、もう二度としないと思うんです」
またまた沈黙。みんな、それはちょっと違うなぁという空気になったが、剣華の真剣すぎる気迫に、正面から否定する気にはなれない。
「剣華」
雪原は、確固たる態度を崩さない。生徒会を背負う者の責任。
「学園の理事会に、全て丸投げするのではなく、我々も対策については考えていく。だが、パトロールは危険だ。相手は外部から侵入した本物の不審者かもしれない。そうなると、生徒が勝手に立ち向かってよい案件ではない。理事会に、警備や警察と連携しながら、きっちりと安全な学園を作っていこう」
みんな、パチパチと思わず拍手する。
雪原は、どんな時でも威厳ある態度で説得力のある言動するので、みなの信望は絶大だった。
「わかり……ました」
剣華も引く。
◇
遅くまで続いた生徒会の話し合いは終わった。
剣華は生徒会室を出る。
もう、夜だ。
校舎を出た剣華は考えた。
さっきのことーー
確かに、会長の言うことが正しい。生徒会でパトロールして、どうにかなる問題ではない。相手が本物の不審者犯罪者なら、生徒が手を出してはいけない。
でも。
剣華を茶事でおもてなししたいと張り切っていた友人のために、学園の平和のために、何か行動がしたかった。滾る正義の炎。
そうだ。
剣華は思った。
茶室に行ってみよう。
なぜそう思ったのか、自分でもよくわからない。
実際に事件の起きた、夜の茶室。犯行現場の様子がどんなんだったか、確認しておくのは悪くない。
思いたつや、茶室へ向かう。もう、誰にも止められない。
夜の茶室。茶室の前の、日本庭園の石塔の蝋燭には、火が灯っている。ここはいつも火を入れておくことになっているので、今は、生徒ではなく、宵の口に教師が何人かできて、安全を確認しながら火を入れていた。
「暗いな。本当に」
昔ながらの風情情緒を出すため、周囲の電灯は目に入らないよう、背の高い樹々が巧妙に配置され、茶室と庭園を取り囲んでいる。
黒々とした樹々に囲まれ、ぼんやりとした石塔の灯に浮き上がる世界。
「幻想的。本当に情緒風情はある。でも、怪談や昔話の世界みたい。やっぱりちょっと怖いよね」
懐中電灯を持ってくればよかった。怒りに任せて歩いてきたので、ちょっと考えが抜けていた。
その時ーー
ガサガサ、と池の奥の樹々が揺れる。
え?
剣華、瞳を凝らす。
なに? 動物?
樹々の間から。現れたのは。
包帯でぐるぐる巻き、膏薬ペタペタ貼りの、人影。
暗い中、かすかな灯りで確認する。
間違いない。剣華は、手をぎゅっと握りしめる。
「犯人だ! また来たんだ!」




