第194話 相討ち
「ぎゃあああああっ!」
羽撃霰剣、オレはまともに食らった。
至近距離だ。それに、完全に力は尽きている。立つこともできない。回避できない。
容赦なく襲いくる羽毛の短剣。
ズシャッ、
ズシャッ、
ズシャッ、
冷酷に風とオレの体を切り裂いていく。
うわあああっ
しまった。
毎度毎度、何やってるんだオレ。この前のネビュラの時もそうだったけど、きっちりトドメを刺すまで戦闘を止めちゃいけなかったんだ。勝ったと思って、すっかり気を緩めてーー
確かに未熟だ。経験不足。これが命取り。
容赦ない羽毛短剣の嵐。疾風となって。
オレはなすすべもなくーー
◇
終わった。
やっと。羽毛短剣の嵐。
うぐ……
うぐぐ……
鋭い短剣、オレをあちこち切り裂き、肩、太もも、それに、腹にも!
突き刺さっている。
え?
これ、やばいんじゃないの?
目の前のフィセルメ、すべてを終え、ぐしゅぐしゅと、白と黒と赤の煙を噴き上げ朽ち崩れ、消えていく。これまでの魔物と同じだ。最後まで、笑っているようだった。魔族戦士としての誇り。
うーむ。
奴は、最後まで戦士だった。天晴れ。
で、オレは。
フィセルメが消えると同時に、オレの体に突き刺さっていた短剣も消えた。
でも。
傷は消えない。
傷から、ドクドクと血が流れる。腹からも。腹は、やばい。内臓傷ついたら、確か、もうダメなんじゃないっけ。
そしてーー
「痛てえええええっ!」
ものすごい激痛。凄まじい激痛に、オレは体を全く動かせず。
そりゃそうだよね。
やばい。なんとかしなきゃ。このままじゃ、死ぬ。もうあと10分20分で、死ぬ。
よし。オレは、最後の気力を奮い立たせる。
治癒だ。
試してみよう。
麗紗にできたんだ。歴戦の勇者……と、いえるかどうかわからないけど、オレにだってできるはずだ。
オレは力を集中する。残った力をすべて集める。治癒だ!
麗紗がやってたの、何だったっけ。
そうだ。
「慈しみの 太陽の息吹き!」
オレは、残された僅かな力で、必死に唱える。
よし、いいぞ。これで助かってくれ。
でもーー
何も起きない。
◇
オレは、緑の草地に、完全に倒れ伏していた。
ダメか。
治癒。オレには、出来ないんだ。
これで終わりなのか。なんだか、体の感覚が、なくなっていく。死ぬってこういうものか。
フィセルメと相討ち。
いつも勝てるとは限らないんだ。いや、オレは勝ったけどーー
「それは、ダメだと思うんです」
え?
あ。ティオレ。
仰向けに倒れて、もう体を一切動けないオレ。
ティオレが、しゃがんでオレの顔を覗き込んでいる。
すごく距離が近い。超現実的な精霊美少女の息吹が、オレの顔にかかるようで。
「勇者様、今、あなたの唱えた術式は、太陽の眷属のものですね?」
へ?
あ。慈しみの 太陽の息吹きのことか。
確かに。
ネビュラは、麗紗のこと、太陽の眷属、小さな太陽と呼んでたな。小さな蘭鳳院は、太陽の眷属。間違いないらしい。
「勇者様、あなたは闇の眷属なのです。だから、太陽の眷属の術式は使えません」
ティオレ、にっこりとする。
闇? ネビュラもそう言ってたけど、そうなのかね。いや、オレはヒーローだから。闇とか、おかしいよ。何かの間違い。それに、オレが闇の眷属だから、太陽の眷属の術式を使えないとか、今、死にかけてるオレに、そんなことを教えてくれてもーー
「勇者様、あなたの事は、私がお救いします」
え?
なるほど。そうだよね。やっぱり本物のヒロイン登場だったんだ。いや、さっきからヒロイン大活躍だけど。ここでもっと大活躍して……お願い、オレを助けて! このままじゃ、もう死ぬ!
緑の館から、またまた無数の緑の蔓が伸びてきた。倒れて動けないオレにくるくると巻き付き、優しくそっと持ち上げ、館の中へと運んでいく。
ティオレは、ずっとオレのそばに付き添っている。
館の中。
オレは、光る苔のベッドに、寝かされた。
なんだろう。緑の蔓にくるくる巻きされた時から、オレの痛み、和らいで、徐々に感じなっていく。感覚が麻痺して消滅した? そうじゃないような。
治癒か?
ティオレが、オレを見下ろしている。
精霊美少女、にっこりとして、言った。
「私は、治癒師なのです」




