第193話 決着
館の外へ出る。
オレは悠々と。
緑の蔓の束を引きずりながら。
フィセルメ。
いた。
館の正面。空中。だいぶ距離がある。大きな翼をバタつかせている。
奴の癖は、読めている。いきなり攻撃はしてこない。こっちの出方をじっくりと見る。
オレは上を見上げる。
「あ」
緑の館、生きた植物でできた館の屋根。
炎がメラメラと。だいぶ延焼している。見たことのない深紅の炎。そして黒い煙。焦げた臭い。
あれが煉獄の炎。
結構燃えちゃってるな。やっぱり館の中、魔法の炎のせいで、温度上昇してたんだ。ティオレは結構余裕だった。なんだかんだ、生木が絡み合って、分厚い壁や屋根を作ってるのかな。
フィセルメ。再び現れたオレに視線を。だが、攻撃を仕掛けてはこない。動かない。大きな翼を悠然とバタつかせている。
風がヒューヒューと。翼で風を煽って、炎を強化してるんだ。風と火の攻撃。連携相性バッチリだ。
奴め。オレの緑の蔓の装備、どう思ってるのかな? オレが消炎活動にでも来たと思っているか? なら、好都合だ。
今度こそ、一発で決める。
こっちの攻撃見て、見切ってから反撃に出るのがフィセルメの癖。今はそれが命取りだ。
よし。
フィセルメ、だいぶ距離があるからと、警戒していない。
オレは手に天破活剣を提げている。
迷ったりはしない。
スッ、とオレはフィセルメ目掛け、片手で剣を持ち上げる。さりげない動作。
力を溜める必要はない。予備動作も必要ない。何しろ、オレの体中に巻きついた緑の蔓のホースから、精気がガンガン供給されるんだ。
オレは、木と水の力、それに、オレの魔剣の力を合わせ、ただ一点、フィセルメに狙いを定め、
「蒼魔閃弾!」
ものすごい爆発が起きた。そんなふうに感じた。
圧倒的な力。ティオレと、ティオレの仲間の木の眷属たちが長年かけて蓄えた緑の館の力。木に填ちた水、木と水の力が合わさって。
空中を走る緑の閃光。ただ一条の光。莫大な力が圧縮されている。
フィセルメ。爆発的な力に気づく。目をくわっと見開き、翼を動かし、回避行動ーー
だが、間に合わない。魔剣から放たれた緑の閃光。瞬きする間もなくフィセルメの胸を貫いた。
◇
グワッ!!
フィセルメの断末魔の叫び。
緑の閃光がフィセルメを貫いた時、爆発が起きた。緑の噴煙。白頭有翼鬼の体の右半分を吹っ飛ばす。右の翼、捥げて、フワリ、フワリと宙を漂う。
フィセルメは飛ぶ力もなく落下し、地に堕ちた。
ズシン、
体の半分を失った歴戦の魔物、白頭有翼鬼のフィセルメ。地に斃れ伏し、身を起こすこともできない。
終わった。
やった。倒した。
一瞬だったな。オレは気を取り直す。桁違いの精気を一点集中。うまくできた。体がビリビリする。オレの中でも爆発が起きたような。ものすごい木と水の精気の奔流がオレを通って行ったわけだからな。
木だ水だって、やり方によっては結構怖いね。力の集中圧縮技か。いろいろ応用できそうだ。
地に伏すフィセルメへ。
オレは、ゆっくりと歩む。
こいつからは、嘲り、侮り、憎しみ、蔑み、そういった感情は感じられなかった。魔物の感情。それがどういうものか、よくわからないけど。こいつは冷酷非情な殺し屋、殺戮者だけど、戦闘に関しては、武人だった。冷静で、オレのことをちゃんと評価していた。
「オレは戦い方が下手だと言ってたな。どうだったかな。莫大な力の操作、ちゃんとできただろう」
オレも別に、フィセルメを侮蔑するつもりはない。勝てたのは、ティオレと木の眷属の助力支援のおかげだし。
決斗は終わったんだ。
おや。オレに巻きついていた緑の蔓、スルスルと解け、館に戻っていく。
ありがとな。すごい力、精気だったぜ。
あれ?
緑の蔓が体から離れると、オレは歩く力もなくなり、へなへなと座り込んだ。
オレの力、とっくに使い切ってたんだ。緑の蔓の精気補給で、やっと動けてたんだ。あれだけの大技を使ったんだしね。
ありゃりゃ。
ティオレにまたまた助けてもらわなきゃ。
その時。
オレは、気づいた。地に伏したフィセルメ。こちらを見ている。もう、頭を持ち上げることもできないが、丸く青い眼は、しっかりとオレを見据えている。
「お前……」
フィセルメの嘴が開く。
「まだ、戦闘経験は少ない。未熟だ。それは間違いない。それなのに、なぜ、諸力を合わせ撃つことができるのだ」
え? オレ、結構凄い事した?ただ、その、貰った精気を、圧縮一点集中して撃つの頑張っただけなんだけど。
「それだけではない……」
フィセルメ、続ける。瀕死の魔物、苦しそうだが、声は冷静。
「あれだけの精気の操作、いとも、たやすく……お前は……」
館の入り口、緑の蔓の暖簾を掻き分けて、ティオレが出てきた。
オレは振り向く。
「あ、ティオレさん、やりましたよ。倒しました。でもちょっとバテちゃって、助けてください」
後ろからは、フィセルメの声が続いている。冷徹な戦士の声。
「……そうか、そうだったんだな。闇の御嗣。お前が……数多の眷属の力を統べる……王……」
声は弱々しくなり、最後、なんて言ったかよく聞き取れなかった。
オレは、フィセルメを振り向く。
ん? 今、なんて言ったんだ? 王とか言った? 王? 誰が?
フィセルメ、ふっ、と笑ったように見えた。鳥が笑うのって見たことないけど。確かに笑ったように見えた。
「……お前に……最後に我が力を……受けてみよ」
フィセルメの残った左の翼が、かすかに動く。
「危ない!」
ティオレの声。
え?
オレは完全に力尽きていて、全く動けず。
「羽撃霰剣!」
微かな、しかしはっきりした、フィセルメの最期の叫び。
最期の力ではためく左の翼から、白い羽毛の短剣が、オレめがけて殺到してくる。




