第191話 水と木の力
「フィセルメの奴め。来ませんね」
オレは、かなり余裕を取り戻していた。
ティオレは隠れず、オレの傍に。緑の美しい瞳で、じっとオレを見つめている。
オレは精霊美少女ヒロインに、勝者の笑顔。
「さすがにやつも、追って来れないようです。このヒーローに、館の中では勝ち目がないと、悟ったのでしょう」
フィセルメ、あいつなかなか冷静だからな。無謀な突撃攻撃は仕掛けてこないんだ。
さて。
どうしたものかな。
奴が入ってこない。では、こちらも戦いようがない。
落ち着け。焦ったら負けだ。
向こうが入ってくるか、オレが出ていくか、その我慢比べ?
うーむ。
いつまで続くんだろう。
闇雲に戦って、勝てるわけでないことはわかった。
まず、オレの体力エネルギーを完全回復させよう。
そして、フィセルメが、館の外で、あくまでもオレが出ていくのを待っているなら。
倒し方。考えよう。あいつの手の内もわかったからな。何か攻略法があるはずだ。よく考えるんだ。そうだ。ティオレにも、一緒に考えてもらおう。何しろこれは、ティオレの眷属の存亡をかけた戦いだ。
ヒロインに知恵を拝借するくらいいいだろう。幽世魔物の戦いのことは、向こうの方がよく知ってるんだ。長い戦争をしてるっていうんだし。
「ティオレさんーー」
オレは、傍らにぴったりとくっついている精霊美少女にーー
「勇者様」
ティオレがいった。館中の緑と共鳴する、微かに震える声。
「フィセルメは、入って来ません」
「うむ……そうですね。さすがに奴も、このヒーローのことを怖れているようで」
オレは得意然と、
「戦ってわかりましたが、なかなか知恵のある奴です。魔物にしては……おっと、失礼。幽世にも、知性派っているんですね。ハハハ」
ティオレさんも、幽世の住人だった。平和派な魔物。
オレは、額の汗をぬぐう。
「しかし、どうするんでしょうね。フィセルメは。オレに勝てないと悟って、このまま退散するんでしょうか? やっぱりきっちり仕留めたほうがいいですよね。ここはひとつ、奴を倒す策を一緒に……」
「フィセルメは、館に炎を放ちました」
ティオレが言った。
◇
「は?」
オレは、口あんぐりで、ティオレを凝視する。
「炎を?じゃあ、ここを丸ごと燃やすっていうことですか?」
「はい。最初から、そのつもりだったのでしょう」
オレは館を見回す。
「ここって、全部生きてる植物でできてるんですよね? かなり燃えにくいと思うんだけど」
「はい。普通の火では、燃えません。フィセルメが放ったのは、魔力の炎煉獄の炎です。魔力の炎なら、ここを焼くことができます。フィセルメは風の眷属なので、大きな炎を出すことができません。でも、煉獄の炎を風で煽って、大きな炎にすることができます。風と火の連携技です」
ゾクッ、と。
なんかそれ、やばくない? 気のせいか、館の中の温度上がっているような。オレの首筋を、汗が伝う。
せっかく安全な砦に逃げ込んだと思ったら、外から火をつけられて丸焼き?
シンプルな作戦だ。それだけに確実。
うーむ。フィセルメ。やっぱり頭脳派だな。オレが見込んだ通り。火をつけられたからって、焦って外に飛び出したら、奴の思う壺。早速羽撃霰剣で、仕留めにくるだろう。
かといって、ここで丸焼けになるのも……時間、どのくらいあるんだ? なんだか、余裕かましている状況じゃなさそうだ。いや、ひょっとして、もう、完全に追い詰められている!?
「あの、ティオレさん!」
オレは恥も外聞もなく、うろたえて。
「何かいい考えありませんか? このままじゃ、みんな、丸焼きになっちゃいます!」
「はい。あります」
ティオレは冷静だ。
「それをお話ししようと思ってたんです。勇者様、大丈夫です。きっとあなた様なら勝てます」
うむ。ヒロインに元気づけられているぞ。
ティオレは、静かだが、確固たる口調。
「水を使うんです」
「水?」
「はい。この館の木々は深く根を張り、膨大な水を蓄えています。その精気を、一気に、放出するのです」
「なるほど。蓄えた水で消火作業するんですね?」
「いいえ」
ティオレ、首を振る。
「炎を消しても、またフィセルメは、炎を放ちます。フィセルメを倒さねばならなりません。ここで蓄えた木と水の力と精気、それを勇者様に使っていただくのです。フィセルメにぶつけるのです」
木と水の力精気。それで、フィセルメの風と火の力を、打ち破れるのか。
ティオレは、にっこりとする。
「私たちは、戦闘は得意ではありません。でも時間をかけて、膨大な力と精気を蓄えてきました。私たちの力を存分に使い、戦ってください。勇者様、あなたが私たちの希望なのです」
うむ。
まさに、救世主として、オレは呼ばれたんだ。
やってやろう。選択の余地は無い。
「任せてください」
オレは言った。
「オレはヒーローです。絶対に逃げません。必ずフィセルメを倒します。で、どうやって水と木の力を使うんですか?」
微笑むティオレ、ポワっと光る。光る苔と同じ輝き。そして、目を閉じ、両手を組み合わせる。
「木と水の精よ。衆え。その力を、幾星を経て填つる我らの精気を、我らが救い主に与えよ」
館中から。
緑の蔓が伸びてきた。ズルズル、サワサワ、
なんだ?
緑の蔓、わしゃわしゃと。
オレに絡みついていく。




