第190話 風と炎と短剣と
羽撃霰剣。
雨霰と鋭い短剣が降り注ぐ。
「うぎゃあっ!」
オレは、必死に横にジャンプして跳んで地を転がって、躱した。たった今、オレがいた地に、短剣がブスブスと突き刺ささる。
「危なかった」
空を見上げる。すでにフィセルメ。急上昇している。両腕を大きく広げて。短剣の雨を逃れてハァハァと息をつくオレを睨んでいる。
バサ、
フィセルメの大きな翼が、はためく。
ヒュウウウッ!
また、急降下。オレは、魔剣を構える。奴め、またオレの射程圏外から、羽撃霰剣を撃ってくるつもりだな。どうしよう。接近したところで魔光裂弾を撃ってみる? でも、フィセルメ、風を操って、ジグザグに急降下してくる。うまく当てられるか?
オレが躊躇する一瞬に、たちまち降下してきたフィセルメは、
「羽撃霰剣!」
またまた必殺の短剣の嵐を。今度はさっきより広範囲。そして、風。巻き上がる風に操られた短剣、オレを追ってくる。
オレは後ろにジャンプして避ける。追ってくる短剣から逃げる。が、避けきれない。
シュッ、
鋭い短剣が、オレの左の脛を掠める。
う、
痛みを感じる。見ると、出血している。何、かすり傷だ。大した事じゃない。でもーー
フィセルメは、早くも空高く舞い上がっている。
奴の戦法。急降下して、短剣の雨を降らせ、また急上昇する。
一撃離脱。オレの動きをよく見ている。冷静だ。確実に獲物を仕留める狩人の目。
どうしよう。ちょっとまずいかな。奴の攻撃。無限に続けられるものではないだろう。逃げ回って、奴がへばるのを待つ? でも、フィセルメの攻撃、始まったばかり。体力エネルギーの削り合いなら、奴が有利か?
オレは、さっき思い切って、大技使っちゃったし。
オレは緑の館を背にしていた。空中のフィセルメ。今にもまた急降下が来る。あの攻撃を躱し続けるのは、無理……だよね。
ここはひとまずーー
オレは、入り口の蔓の暖簾をかき分け、館の中へ逃げ込んだ。
◇
苔がポワっと光る館の中。じめっとする温室。
ティオレ、館に逃げ込んでハァハァと息をつきほっとするオレを、じっと見つめる。
「やっぱり手強かったですか?」
うぐ。
敵から逃げてヒロインに心配されるヒーローのオレ。
いや、逃げたんじゃない。これは戦術だ!
オレは、冷静さを装って言う。
「相手の戦い方が分かりました……大丈夫です。奴を倒す方法を見つけました」
「怪我をされているようですが?」
「あはは、なーに、かすり傷です。心配ご無用」
オレは笑顔を見せる。ヒーローたるもの、弱音を吐いてはいけない。
「ティオレさん。奴の名はフィセルメ。ものすごい飛翔力で、自由自在に空を飛んで、攻撃をしてきます。風使いです。だから、外で戦うのは不利。館の中で、向かえ撃ちます。ここが戦場になります。どうか隠れていて下さい」
オレは、館の中を見回す。天井は高いけど、屋外ほどじゃない。どこにいても、すぐにオレの天破活剣の射程圏内だ。
うむ。屋内に引っ張り込んで戦う。咄嗟に言った戦法だけど、これはいい。
あんなに縦横無尽自由自在に空を飛べて、おまけに遠距離攻撃を得意としているやつと、外で戦っちゃダメだ。わざわざ、相手の得意戦法に付き合う必要は無い。これは命のやりとりだからな。こっちの有利な土俵でお相手させてもらおう。この狭いスペースじゃあ、自由自在に飛べない。風も使えないだろう。
ふふふ。
フィセルメ、お前の手の内。完全に見切ったぞ。このヒーローを一撃で仕留められなかったのは、お前の不覚だったな。
この館、窓がない。入り口は1つだけ。敵を迎え撃つには、絶好の舞台だ。
◇
館の外では。
空中のフィセルメ、緑の館を見下ろしている。
やがて。
右手を掲げる。
「煉獄の炎!」
黄色い嘴を開き、力を秘めた言葉を放つ。
ボッ、
フィセルメの右手に。
紅い、炎の球が現れる。
「焼き尽くせ。すべてを」
フィセルメは、炎の球を、緑の館めがけ、投げる。
苔や蔓に覆われた緑の館の屋根に、炎の球は、ジリッと取り付く。
フィセルメは翼を大きくはためかせる。
ヒュウヒュウと、風が巻き起こる。
「風よ、舞え。炎よ、熾れ。大きく、強く、舞い、熾れ。全てを焼き尽くせ」
炎の球。
ジリジリと、燃え上がって行く。緑の生きた植物でできた館。水気をたっぷり含んでいる。そう簡単には燃えない。
だが、煉獄の炎。ただの火ではない。魔力の炎である。全てを焼き焦がす力を秘めていた。
そして、フィセルメの巻き起こす風。魔力の風の力が、炎をさらに燃え立たせる。
最初から、フィセルメは館に入るつもりはなかった。炎と風で全てを焼き尽くす。そのつもりだったのである。
ジリジリ、バチバチ、
煉獄の炎は、緑の館を焦がしながら、燃え広がっていく。




