第188話 白頭有翼鬼 《ゴーラルオーガ》
オレは館の外へ出る。堂々と。しっかりと前を見据えて。
外。
じめっと温かい館の中と違って、風が心地よい。
敵。
いた。
近い。
オレの、館の入り口の、真っ正面。わずか50メートルくらい先に。
なるほど。敵は1体だ。
その姿は。
鳥だ。オレは思った。鳥人。人の形をしている。背丈は2メートル位。今まで出会った魔物と比べると、それほど大きくは無い。腕を組んで、二本の足を開いてしっかりと立っている。でも、鳥。頭。白い羽毛に覆われている。黄色い嘴。青く丸い瞳。オレを睨んでいる。瞳には、これまでの魔物とは違った光を宿している。死んだ眼ではない。
全身、羽毛で覆われている。最初、鎧を着ているのかと思った。鎧のような黒い羽毛。腰の部分だけ、真っ赤な羽毛が帯のように。
そしてその背には、二枚の大きな白い翼。腕とは別の翼がある。
剣だなんだ、武器は見えない。
オレの胸の世告げの鏡が、虹色に輝く。
ーー 白頭有翼鬼。強い飛翔力を持った魔物。風の眷属 ーー
頭に声が響く。久々にオレの便利アイテムの案内支援だ。しかし、相変わらずあんまり役に立たないな。目の前のやつが、飛行系魔物なのは、みればわかるよ。白頭有翼鬼っていうのか。鳥人だと思ったけど、鬼。
風の眷属なんだ。属性とか教えてくれるだけ、案内もマシになった……のかな。鳥タイプの鬼で翼があって、飛べて、風の属性。まぁ、見たまんま。
白頭有翼鬼。飛べるやつだが、今はしっかりと地に足をつけて。足っていうのも、3本の黄色い大きな爪。まさしく鳥だ。
◇
緑の館の前で。
オレは、敵と正面から対峙する。
お互い無言。用心棒やガンマンみたいな。
決闘モードだ。これから激闘して、血飛沫が飛ぶんだ。
嵐の前の静けさ。
時間が過ぎていく。風がサラサラと。
白頭有翼鬼、じっとしている。なかなか動かない。
こういう時って。
ヒーローはどうするんだろう。こっちから何か言ったほうがいいのかな。時代劇とか西部劇とか、あんまり見てないから、よくわからない。
でも、ずっと黙ってるのもなんだしーー
「お前は誰だ? 何をしにここに来た」
オレの方から口を開く。これでいいのかな。やっぱり、悪党の方からしゃべらせるべきだった? 悪党が絡んできて、そしてヒーローがフッと笑って、余裕な態度で受け流してーー
しかし、向こうが動かないししゃべらないんだ。しゃべれるかどうかもわからない。ずっと立ってるのもなんだし。まぁいいや。こっちから行けばいい。相手の正体を訊いちゃった。とっくにわかってるんだけど。
とにかく、こいつをちゃっちゃと倒して、ティオレに、礼は要らないよ、と言って、立ち去れば……
礼? そういえば。ひょっとして、さっきの苔ドリンクが、今回のお礼。報酬だったのかな。
うーむ。
前に見た映画で、野盗の襲撃を受けた村の村人が、村を守るために侍を雇うんだけど、その報酬が、「腹いっぱい飯を食わせる」というのがあった。
そんなもんだろう。あの苔ドリンク、とにかく元気いっぱいになったんだし。正義のヒーローなのだ。あまり多くを求めてはいけない。
よし、こいつを倒すぞーー
「オレは、白頭有翼鬼のフィセルメだ」
白頭有翼鬼が、口を、いや、嘴を開いた。
なんだ、しゃべれるのか。
フィセルメ。魔物にも、個別の名前があるんだ。ティオレだって、本人の名前だろうし。
フィセルメ、大きな翼を、ゆっくりと、バタつかせる。威嚇のつもりか? 両腕は組んだまま。なかなか貫禄がある。
この前のネビュラより、なんとなく品性を感じる。
「オレはここを滅ぼしに来た。全て焼き尽くす。わが眷属に逆らった敵。決して逃しはせぬ。時空を越えて逃げるとはな。ふふ。なかなか、よい結界じゃないか。だが、今日で全て終わりだ」
フィセルメが続けた。芯のある声。少し知性を感じる。
オレの訊いた、名前と来訪の目的。答えてくれた。ちゃんとしてるじゃないか。
しかしティオレの眷属とフィセルメの眷属の戦いって、相当な大昔の話なんだよね。ヒーローが『覚醒者』と、呼ばれていた頃の。ずっと執念深く捜して追いかけてくるって、何なんだろう。やっぱり幽世の面々の感覚って違うんだな。
「お前は誰だ。現世の者だな。ここに迷い込んだのか」
今度は、フィセルメがオレに質問。
迷い込んだ? 招かれたんだけど。
オレは奴の眼を睨んで、
「オレはここを守る。そのために呼ばれたんだ。お前、何をしても無駄だぞ。さっさと帰るがよい」
決め台詞。これでいいかな。短すぎず、長すぎず。もうちょっと、洒落たことをいえればいいんだけど……今度練習しよう。
ふっふ、とフィセルメ、翼を大きくバタつかせる。
余裕の態度の対決では……なんとなく向こうの方が上に見える。いや、翼があるから、そう見えるだけだ!
「では、貴様も消し去るしかないな」
フィセルメ、お約束な言葉をバッチリ決めたかと思うと、フワリ、と宙に舞い上がる。
決闘前の言葉の応酬。
終わった。勝負は……五分五分くらい?
ま、まぁ、いいさ。オレもだいぶヒーローの貫禄を示せたぞ。
いよいよ戦闘だ。
宙に舞い上がるフィセルメ。
翼をゆっくりとはためかせ、オレを見下ろしている。
両腕を組んで、足をさっきと同じように開いたまま。




