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第186話 木の精霊



 「私の名前はティオレ。この館の主です」


 緑の美少女は、にっこりとして言った。


 「あ、オレは」


 おや、体がしゃんとしている。(コケ)ドリンクを飲まされてグタッとなった体、急に力が湧いてくる。一旦体中の水分が全部蒸発して、また新しいフレッシュな水に満たされてるみたいに。元気が出てくる。


 ひょっとして、あれは、まともな栄養ドリンクだったのか? 異界の栄養ドリンクだから、ちょっと強烈すぎたけど。


 「一文字勇希(いちもんじ ユウキ)です」


 オレは、はっきりと言った。


 「お招きいただいて、ありがとうございます」


 招かれて入ったわけじゃないけど。でも、いかにも、入って来いって言うシチュエーションだったよな。それに、ドリンクをご馳走になったわけだし。


 何なんだ? ひょっとして異世界で新発売の栄養ドリンクの試飲とかさせられちゃったの?


 「お気に召していただけましたか? 光る(コケ)は」


 ティオレがいう。花飾りが、サラサラと。光る苔に照らされて、幻想的な美少女。


 オレは曖昧な笑顔を浮かべる。


 「ええ、まあ……」


 栄養ドリンクとしては、合格点だ。体が妙にスッキリする。でも、味は改善の余地があるだろう。異世界じゃどうか知らないけど、現世(うつしよ)じゃ、栄養ドリンクにも味が求められているんだぜ。


 苔ドリンクの営業に成功したのが嬉しいのか、ティオレはニコニコしている。


 よし。今度はオレから少し訊いてみよう。


 「ええと、あなたは……木の……精霊ですか?」


 魔物(モンスター)と、言おうとして止めた。精霊、という言葉が通用するのかどうかよくわからないけど、とりあえずそっちのほうが無難だろう。いきなり、おまえは魔物(モンスター)なのか? と、訊くのもねぇ。


 「はい」


 ティオレはうなずく。


 「あなた方の理解としては、それで結構です」


 木の精霊美少女ティオレ。


 あなた方の理解?こっちの人間世界のことも、知ってるのか?


 「ええと、ティオレさん、あなたは、その、」


 何をどう訊こうかな。 


 「私は、あなた方が、幽世(かくりょ)、黄泉の国と呼ぶ世界から来ました」


 ティオレがはっきりと言った。オレが訊く前に。


 しっかりとオレを見ている。黄泉の眷属なんだ。やっぱり魔物(モンスター)


 あれ? 今なんて言った?


 幽世(かくりょ)から来た?


 オレの疑問。ティオレは、すっかり見抜いていて。


 「はい。ここはあなた方の世界、現世(うつしよ)なのです」



 ◇


 

 オレは、思わず周りを見回す。


 巨木の(うろ)の中。光る苔。こんな光景、オレの知っている、ずっと住んできた現実世界では見たことないぞ。


 ティオレは、話し出した。オレの頭と心に響き沁み入る声で。



 ーー 私の眷属は、遠い昔、幽世(かくりょ)に住んでいました。豊かに生い茂り、穏やかに、幸せに、暮らしていました。でも不幸なことに、他の眷属の間に争いが生じ、戦いになりました。私たちは敗れ、行き場をなくし、彷徨い、滅びの時を迎えようとしました。その時、奇跡が起こったのです。時空の裂け目が生じたのです。私たちは、こちらの現世(うつしよ)に逃れて来ることができました。もちろん、こちらの世界は、私たちの世界ではありません。私たちは、この現世(うつしよ)の人々と、争いになることを怖れました。その時、『覚醒者』という方が、現れたのです。


 

 『覚醒者』。確か、ずっと昔のヒーローの呼び名だ。



 ーー 『覚醒者』の方は、私たちが現世(うつしよ)の人々に危害を加える意思がなく、ただ安全に平和に暮らしたいと考えていることを知り、私たちのために、この現世(うつしよ)に結界を張ってくださったのです。そして、この現世(うつしよ)の小さな一隅が、私たちの眷属の、安住の地となったのです。



 ティオレ、にっこりとすろ。いや、(うろ)の木や草、蔓、それに光る苔まで、微笑んでいるようで。



 ーー 私たちは、『覚醒者』の方と、決してこの結界を出ない、現世(うつしよ)の方々に、危害を加えないと、誓約を交わし、現世(うつしよ)に住むことを許されました。以来、長い歳月、ゆったりと、幸せに私たちは暮らしてきたのです。



 ティオレ、言葉を切る。ポワッとした苔の光、明るくなったり、暗くなったり。何かを訴えかけているような。



 なるほど。話はわかった。ここは現世(うつしよ)にある魔物(モンスター)のための結界だったんだ。幽世(かくりょ)に時空転移したわけじゃなかったんだ。どおりで、何か違うと思った。


 この結界を作ったのは、昔のヒーロー、『覚醒者』か。ヒーローってのは、魔物(モンスター)と戦うだけでなく、助けることもするんだ。確かに、争いを好まず、話のわかるやつなら、戦う必要はないだろう。


 そうだ。幽世(かくりょ)でも、人間世界の争いから逃れた人たちが、ヒーローの作った結界村に住んでいたよな。幽世(かくりょ)の眷属が、向こうの争い逃れて、こっちの結界村に住むことだってあるんだ。お互い様だ。


 幽世(かくりょ)でも、魔物(モンスター)や魔族や、向こうの眷属同士での戦争があるんだ。まぁ、人間同士でも、争いや戦争があるからな。そして、2つの世界が交われば、お互い戦うこともあるし、協力することもある。そんなものだろう。平和を好む友好的な奴となら、しっかり手をつないでいける。



 「よかったですね」


 オレはいった。


 「こっちの世界を気にいっていただけてたようで、何よりです。オレも、この世界が好きなんで。この世界だって、全部が全部平和ってわけじゃないけど」


 ティオレ、やや厳しい顔になった。うん? なんだ?


 「私たちは、ここで、穏やかに暮らしています。こちらの世界にとても感謝しています。ただ、長い歳月の間、時々危機が訪れるのです」


 「危機?」


 「私たちは、時空の裂け目、世界が交わってできた歪みを通って、こちらに来ました。その裂け目は、完全に塞がっているわけではありません。ここは現世(うつしよ)ですが、僅かに、本当に僅かに、幽世(かくりょ)と繋がっているのです」


 怖いこと言うな。なるほど、オレたちの世界もなんだかんだポツポツ穴が開いて、向こうといつも繋がってるんだ。で、大きな穴が開くと、オレが呑み込まれるーー


 「わずかな裂け目から漏れ出す、私たちの存在の気配。それをごく稀に嗅ぎつけて、向こうの世界から、討手が来るのです。なんとしても、私たちの眷属を滅ぼそうと言うのです」


 「戦い……まだ続いているんですね?」


 「はい」


 ティオレは、悲しそうに言った。


 「あの……ティオレさん達がこっちに逃げてきたので、相当な大昔じゃないんですか?」


 「はい。幽世(かくりょ)の眷属の戦いは、悠久の時間の中で行われるのです。一旦始まったら、なかなか収まらないのです」


 なんと。そんなものか。百年戦争…… 千年戦争とかもあるのか。こっちの人間がそんなことしてたら、とっくに滅んじゃってただろう。


 「そしてーー」


 ティオレの澄んだ声が告げる。


 「今、また、討手が来るのです」


 「え?」


 ティオレ、すごく真剣な表情で、


 「私たちは、戦いが得意ではありません。そのため、討手と戦える方を、お招きしたのです」


 「は?」


 「一文字勇希(いちもんじ ユウキ)様」


 ティオレ、しっかりと、オレを見つめる。


 「あなたは、ヒーローですね」



 うむ。ヒーロー。オレはヒーロー。間違いなく。


 ヒーローなんだけど……やっぱり……いきなりこの展開になるんだ!



 平和な結界村を守るために討手と戦うヒーロー。



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