第185話 緑の美少女 お約束な登場
突然目の前に現れた。
異世界の緑の館。
行くぞ。
オレは、正面から。
館の正面に、ちょうど、人家にあるドアくらいの大きさに、緑の蔓の束がぶら下がっている。
オレは蔓の束を手で除ける。
かなりの厚みの束だ。除けて、中に進む。むっとする草木の匂い。
お。入れた。館の中。正面にぶら下がった蔓の束は、暖簾のようになっていた。やっぱりここが入り口だったんだ。
緑の館の中。オレは立ちすくむ。
巨木の洞。洞といっていいのか。
広い。学校の教室の、3つ4つ分といったところか。床も壁も木でできている。全部、生きた木だ。いろいろな太さの幹や枝が絡み合い、凸凹した壁に床。一面緑。館の中も、蔓に蔦、苔は、繁盛している。びっしりと。
じめっとしている。温室みたいな生温かさ。
そしてーー妙に明るい。もちろん、電気や照明器具なんてない。ただ、壁も床も、ボワっと光っている。
上を見る。天井。かなり高い。しっかり木が絡み合っていて、窓もなく、外からの光は来ない。
じとっとして。オレの首筋に汗が。ボワっとした光に包まれて。
「この光、何なんだろう」
思わずつぶやく。
「苔です。この光は、苔が発するものです」
声がした。透明な声。普通の声とは違う。頭の中に直接響いてくるような声。初めて聞く声。
オレはぐるりと、館の中を。
館の中も、床から何本も大木が出ていて、絡み合い、視界を遮っている。
館、いや、洞というべきか、その中心の1番太い大木ーーこいつは大黒柱と言うやつ?ーーの影から、人が現れた。
◇
人ーーなのか?
オレはゾクッとなる。
目の前に現れたのは。見掛けはーー
美少女だ。
だが。
生身の人間とは、一目して違う。
緑の瞳。緑の長い豊かな髪を、腰の下まで垂らして。
どこか病的にすら見える白い肌。
顔立ちは柔らかい。瞳も。優しげで、好意的に見える。品のよい唇。鮮やかな朱。花の色のようだ。
着ているのはーー緑の蔓を編んで、いや、編んだのではなく、蔓が勝手に、自分で絡まって、独特の模様を作ってるように見える、ワンピース。足首まで垂れている。ワンピースというのが、この服に1番近いオレの知っている服だ。
緑の蔓でできたワンピース。赤や紫の花や、葉で飾られている。飾られているというか、花も生きているようだ。そこに生えている花。花の赤と、唇の朱。全く同じ色をしている。
なんというかーー
特殊メイクした美少女? 歳の頃は、オレと同じくらい?
でも。
どう見ても特殊メイクじゃない。これはメイクなしの姿で。
つまり、普通の人間ではない。
ポンコツアイテムとは言え、世告げの鏡が反応したんだ。普通の人間が出てくるはずがない。
魔物か。
オレは身構えようとする。
けどーー
なんだ? 力が入らない。その理由はーー
緑の美少女、オレに向けて、ゆっくりと歩く。優雅な足取り。緑の蔓のサンダルがゴツゴツした木の床の上を。木の葉がさらさら揺れるような足取り。
オレの目の前に来た少女。にっこりと微笑む。
うぐ
うぐぐ
現実感のなさすぎる美少女。オレはすっかり吸い寄せられる。伝わってくるのは優しさ、温かさ。じんわりと、オレの体に沁み入ってくる。じめっとした巨木の洞。木の精気がオレを包み込んで。戦闘モードとか、完全に抜き取られちゃって……
これって、まずいのかな。ひょっとして、オレの戦闘力を奪う魔物?
美少女、すぐ目の前。近い。
でも、やっぱり戦闘モードになれない。おかしい。警戒心も、溶かされちゃうような。
おい。どうしたんだ、オレ。
こいつがやばい敵だったら、ちょっと……
別に超現実的美少女だから、クラクラしたとかそういうわけではない。
洞の中。充満する木の精気。ぐるぐる渦巻き回りながら、オレを、歓迎し祝福してくれている。そう。間違いなく。オレに対する敵意は無い。オレの心を軽くしてくれている。
「ようこそ、おいでくださいました」
緑の美少女は言った。透き通った、頭に直接響く声。少女の手が、オレの手を軽く握る。なんだろう。この手触り。そうだ。柔らかい木の芽や、花びらをに触れたときのようなーー
「どうぞ、こちらへ」
オレの警戒モード、完全に解除された。これはもう絶対安全。多分。オレはポワっとなって。いや、こんなことでいいのか!?
◇
オレは、椅子とテーブルへ案内された。椅子とテーブルといっても、木を切ったり削ったり組んだり釘付けしたりして作ったものではない。生きている木と枝が曲がりくねって絡み合ってできた椅子とテーブル。
オレは、緑の美少女と、真向かいに座る。椅子。ちょっと凸凹してるけど、妙に坐り心地がよい。椅子も蔓や苔にしっかり覆われていて、柔らかく、弾力がある。ちょうどいい坐り心地になっている。
「さあ、どうぞ。お飲み下さい」
少女は、オレに木の実の殻で作った碗を差し出す。中に入ってる汁は、緑色。そして、燦然と輝いていた。木の実の碗を手に輝く緑のドリンクにオレは見いる。
「ご安心ください。それはとても体に良いものです。ここの光は何なのかと先ほど問われましたね。これがその答えなのです」
少女の笑顔。何の邪気も悪意も感じられず。とりあえず、飲んでみよう。
オレは、グイっと木の実の碗からドリンクを、
「ぐほっ!」
なんだ。こりゃ。今まで感じたことのない……苦くて、青臭くて土臭くて……でも、ありえないくらい強烈!
「うぎゃあああっ!」
緑のドリンク。内臓にガツンと効いてきた。なんだ?あっちこっち体に電流が走り回るみたいな。全身の毛が逆立つ。毒? やっぱり毒だ! 騙された! いや、ホイホイ、怪しい相手の言うとおりにしたオレが悪いんだけど……
目の前の美少女、クスっと笑う。
「大丈夫ですよ」
全然大丈夫じゃない。オレは、グタッとなって、ただ美少女を見つめるしかなくて。
美少女は言う。
「これは光る苔なのです。あなた方の世界にあるものより、もっと強力に光を放つ苔なのです」
光る苔? なんだ、それは……うん。なるほど。この館の中が光っているのは、床や壁の木の表面に張り付いた苔が、光ってるからなんだ。確かに。苔の明かりでここまでなるなんて、聞いたことないや。異世界の苔なんだな。
で、それをオレに飲ませてどうしようって何? オレをこのまま発光体にして、家具の一部にでも……まさか。
「苔はすごく体にいいのです」
緑の美少女は、どこかうっとりとした口調で。
「苔はすべての源なのです。苔を毎日食し、苔のありがたみを理解するべきなのです。苔はあなたを優しく助けてくれます」
優しく?
いや、もう限界までへばってるんですけど。
緑の瞳をキラキラと光らせる美少女を前に、オレはもう肯定も否定もできなくて。
そういえば、少女の瞳の緑。この苔の緑と、同じだ。




