第184話 緑の館
放課後。オレは図書室を出た。校庭でトレーニングして、後は図書室で勉強。オレの日課。なんだかすごく退屈な日々にも思えるけど。たまに異世界に引っ張りこまれて命懸けの戦い。それがあるんだから、退屈で平和、これをありがたいと思わなきゃな。
まっすぐ家に帰るのもつまらないよね。学園をブラブラするか。オレは歩き出す。まだ行ったことない所へ。
とにかく、この学園の敷地は広い。行ったことないところ、まだまだある。うっかりすると迷子になるっていうくらい。
学園の立派な建物。入り組んだ木立ち。視界が遮られたり、死角ができたり。なるほど。まるで迷路迷宮だ。こうやって歩いていると。
なんだろうな。昼のことを思い出した。樫内が熱くなっていた。まだだいぶ先、秋の生徒会選挙のことで。もちろん、委員長の親衛隊子犬四天王は、もっと燃え上がっている。作戦会議とかもやっているらしい。柘植に坂井に矢駆に奥菜結理。ご苦労なことだ。あいつら、剣華を当選させるためなら、何だってやるだろう。
しかし、生徒会ってそんなにいいのか? ただ、学園祭や体育祭だのイベントの裏方をやって、生徒を代表して挨拶したりなんだり、あんまり大した仕事じゃないような気がするんだけど。オレは興味がない。でも、熱くなるやつは熱くなる。そういうものだ。
それに、不審者。何だっけ?そうだ。夜の学校に、コスプレしたやつが出てきて、女子生徒をびっくりさせたんだ。結構悪質だっていうんで、大騒ぎになっている。コスプレ……何のコスプレだったっけ? まさか、メイドコスプレとかじゃないから、何か……魔物みたいな格好してたとか?
あれ?
木立ちの中。考え事をしながら歩いてたオレ。
うん?オレ、今どこに向かってるんだ?
あたりを見回す。
どっちを向いても鬱蒼とした、背の高い樹々。
なんだか道に迷っちゃってる? 早くも?
◇
嘘だろ? おかしい。
オレは、ずっと木立の中を歩いている。もうどれくらいだろう。1時間以上? なんで? こんなバカなはずは無い。建物が全く見えない。行けども行けども背の高い樹々。気のせいか、木立ちが、いや、森が深くなっていくような気がする。
ここ、学園の中だよね? 学園は確かに閑静な郊外にあるけど、山の中にあるわけじゃない。歩いていれば、絶対道路とか、人家とかに出るはず。大体、学校の敷地は、ぐるっと塀で囲まれてるんだ。
同じところをずっとぐるぐる回っている? まさか。
空を見上げる。校舎を出る時は明るかった。今は、やや暗くなっている。藍色の空。暮時か。
ちょっと焦る。冷たい汗が。
ひょっとして、もしかして? 引っ張りこまれたか? 異世界幽世に。
でも、いつもの時空転移する感覚。それが全然なかった。何かおかしい。
オレは1つ深呼吸すると。
「うおおおおっ!」
猛然と走りだした。
とにかく一直線で行けば、学校の敷地内なら何かにぶつかるはず。試してみようーー
突然、目の前が開けた。
広い空間。森の中の。森ーーそう。広い草地の空間を取り囲む森。どう見ても、学園の中の植え込みとか、そんなのじゃない。森だ。
そして、オレの目の前には、大きな家。館と言うべきか。
今まで見たことも無い造りだ。
木だ。館ーー木。巨木。木材で作った館じゃなくて、生きている大木でできた館。結構でかい。
何本かの太い巨木が、枝を大きく四方八方に伸ばし、絡み合い、家の形になっている。蔓や蔦、苔だかが、館の外側一面に這いついている。緑の館。
こんなの初めてだ。
するとーー
胸がピカッと光る。
虹色の光。
おお。
気がつくと、オレの胸に、世告げの鏡が懸かっている。虹色の光を発しながら。
徴。
これはもう間違いないな。つまり、またまた異世界に引き込まれたのか。
幽世。いつもと勝手はちょっと違うけど。
オレは、世告げの鏡を手で持ち上げて、しげしげと見る。虹色の光、ぼんやりとなり、やがて消える。
これって、異変の予兆を告げるやつなんだよね。それにしても。怪しい状況にはっきりなってから光るってのは。
微妙にポンコツな便利アイテム。
「で、目の前の緑の館は一体何なんだい?」
オレは、世告げの鏡に語りかける。もうちょっとちゃんと解説しなさい。
小さな鏡は沈黙。何もオレの頭に響いてこない。やっぱり、訊けば教えてくれると言うものでは無いようだ。
オレ、小さな鏡をためつすがめつしながら。
「この館、入ってもいいの? それともダメなの? そのくらい教えてよ」
世告げの鏡は沈黙したまま。もう、ピカりともしない。
「わかったよ! 自分で考えろってんだよ。いいさ。ここでぼーっとしてても仕方がない。館に入ってやるさ。オレはヒーローだ。たとえこれが敵の誘い、罠だったとしても、なんでもねーぜ。危ないからと後ろを見せて、逃げたり、絶対しねーぞ!」
我ながら、なんだかやけくそ感があるが。
でも、あれこれ考えたり用心したってあんまり意味がない事は、これまでの経験で散々思い知った。
行ってやるさ。男一匹ヒーロー坂道。何でも来い。どんと来い。
オレは緑の館の中へ。
絡み合う巨木の遥か上の梢の枝葉。なんだかオレを笑っているように揺れている。
サラサラと。




