第183話 学園のさざなみ
「絶対、許せなーい!」
剣華優希は、ドン、とテーブルを拳で叩く。
「怖い話だよね」
と、蘭鳳院麗奈。
「犯人、なんなんだろうね」
と、思案顔の満月妃奈子。
剣華優希。
蘭鳳院麗奈。
満月妃奈子。
3人の親友は、カフェで、お茶をしていた。つい先日の沖縄旅行の話で盛り上がろうという予定だったが、話題は、昨日の事件に。
「暗がりで、女子を脅かすなんて、とんでもない!」
剣華は真っ赤になっている。正義感。正義の炎がメラメラと燃え上がっている。
夕暮れ時、部活で茶室に行った茶道部の女子二人の前に、突然、包帯ぐるぐる巻きの男が現れた。女子二人は悲鳴をあげて逃げて、一応、被害はなかったがーー
「1年生の子だよ。頑張って部活してたのに。私の知ってる子なの。泣いてたよ。もう、茶室に行けないって。怖くて、震えてた。本当に、本当に、許せない」
剣華、怒りでぶるぶると肩を震わせる。
「包帯ぐるぐる巻きの男ねえ」
満月は、カフェラテのカップを見つめながら、
「みんないろいろ言ってるよね。コスプレ仮装の練習をしてたんじゃないかとか」
「コスプレ仮装?」
剣華が言う。
「そうだとしても、暗がりで女子を脅かすなんて、絶対ダメ。もし悪気はなかったとしても、怖い思いさせたんだから、ちゃんと出てきて謝るべき。悪気がなかったんなら、ちゃんと謝れば、許してもらえる。それを、逃げるなんて、卑怯。絶対許せない!」
すごい剣幕だ。
「あぁ、もう、私がその場にいたら、絶対やっつけてやったのに」
剣華、心底、悔しがる。
「 優希」
麗奈が言う。
「自分でなんとかしようとしちゃだめ。相手が誰かわからないんだから。本物の不審者、変質者かもしれないんだよ。危ないよ」
「不審者ねえ」
と、満月。
「学校の防犯カメラとか、センサーには、何も写ってなかった、反応なかったって言うじゃない? 外部からの侵入は、ありえないんじゃないかって。そうすると、やっぱり、犯人はこの学校内部の誰か」
3人の女子、黙り込む。
「やっぱりコスプレ仮装の愉快犯? 学園の中の」
と、麗奈。
「そうだとしても、騒動を起こして、逃げるなんてダメ! 女子の敵!このままじゃ、絶対ダメ! 安心して学園生活を送れないよ」
と、剣華。
正義の炎。いよいよ熾んに。2人の親友もうなずく。こうなったら、もう剣華は止められない。
◇
「やっぱり、この学園の平和を守るのは、我らが委員長剣華優希さんです。そうです。それしか選択の余地はありません。剣華委員長こそが正義! 我々の唯一のリーダーなのです!」
樫内。ガリ勉メガネ秀才モヤシ。
わざわざオレの席まで来て熱弁。どうしたんだろう。
一文字勇希は、ふう、と息をつく。
樫内は陰キャ。でも、このクラスの連中は、陽キャリーダーの満月妃奈子を筆頭にみんな陰キャにも優しいので、樫内もだいぶ自信をつけて、ハッスルしている。
まぁ、優しいクラスというのは、とても良いことだ。オレは素直にそう思う。
「一文字君」
オレに迫る樫内のメガネの奥の眼、ギラギラしている。とても陰キャとは思えない。陰キャをこうも前向きにさせるんだ。この学園、いや、このクラスは、やっぱり凄いんだ。
「生徒会選挙、我らが剣華さんを、絶対、勝たせましょう!」
「はあ?」
オレは口あんぐり。生徒会選挙? 何言ってるんだ?それって確か秋の10月ごろじゃなかったっけ。今、5月の連休明けだよね。今からそんな話しなくても。
「勝つべくして勝つ。そういうことです」
樫内、メガネを直す。気のせいか、メガネがキラリと光ったような。
「知っていますか」
樫内、さらにオレに詰め寄る。
「……なに?」
「一昨日、事件があったでしょう。茶道部の女子が、怪しい男に脅かされたと言う」
あぁ。みんな騒いでいるよな。オレはあんまり詳しく聞いてないけど。なんだっけ。確か、コスプレ仮装したやつが現れて女子を脅かしたとか。
「委員長は怒っています。正義感から。みんな、委員長に期待しています。委員長なら、きっと何とかしてくれるだろうと」
うーむ。不審者対策って、クラス委員長の仕事でもないだろう。そりゃ、剣華が正義感強いのは、間違いないけど。
「この件を解決したら、委員長の人望は、さらに上がり、生徒会選挙間違いないだろうと思われます」
なんだか。もう、オレには何も言えない。
「お互い、頑張りましょう」
「……ん? え?」
オレは何も言ってないのだが、樫内は、自信に満ちた口調でそう言うと、去っていった。
なんだろうな。連休ボケも完全に吹っ飛んだ。
連休ボケというか、連休中のあれこれの悩みがあったんだけど。どうでもよくなった。
生徒会選挙とか、不審者とか。
学園こそが魔界、魔窟だな。




