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第182話 茶室の怪



 天輦学園(てんさんがくえん)高校。中等部とともに、広大な敷地の中にある。付属の施設が、たくさんあった。この国の門閥名家の一角のグループが、経営していたのである。宏壮で、瀟洒な建物が点在している。


 建物の間には、鬱蒼とした木立があり、迷路のように入り組む。敷地の中には、大昔からある祠や、用途不明の謎の建物がある。ところによっては、ここが本当に学校の敷地なのかと、幻惑される。


 あれこれの施設。全部回ったものは、学園の生徒でも、あまりいない。


 昔から、学園には、いろいろな伝説、噂があった。


 「いつも、頑丈な錠前が下がっている建物。あそこの床の下には、富士山まで続いている洞窟があるらしい」


 「7年に1度、美少女生徒を、池に棲む竜の生贄にするんだって」


 「生徒会しか触れられない、秘密の金塊が埋めてあるらしいよ」


 伝説、噂の大半は、生徒達の妄想である。



 茶室。


 広大な敷地の中の、特に奥まったエリアにあった。和大工の意匠を凝らした立派な造りである。眼前には立派な日本庭園。見事な樹々に囲まれ、学園の一部とは、とても思えない。ここには、武道場や、書院など、日本の伝統様式の建物が立ち並んでいる。


 茶室は、学園を経営する門閥名家グループの会合や、来賓のもてなし、父兄会の茶事に主に使われていた。あれこれの茶事には、学園の茶道部が活躍する。茶道部は、つつがなく茶事を務めるため、日々、練習していたのである。本格的な茶室での本格的な茶事。典雅な作法。茶道部は、学園で人気の部活だった。



 今日も。


 茶道部の女子生徒が2人。茶室に向かっていた。2人とも和服である。きっちりと着付けをすましている。


 もう夕暮れ時。だいぶ薄暗くなってきている。


 茶事には、夕方から夜にかけて行うものもあった。茶室など日本家屋には、一応電気も引いてあったが、夜でも電気を使わず、行灯の明かりで茶事を行うのが決まりだった。


 「茶は炭火で沸かすのじゃ。電気よりも、火の灯りが映える」

 

 と、いうのが、学園理事長の、ご意向であった。



 茶室へ。2人の茶道部女子が、向かう。



 「本格的だね。本当に。私も入学する前から、お茶のお稽古したことあったけど。全然違うよ」


 茶室に向かう、茶道部女子の一人。 


 「うん。夜なのに電気使わないなんてね。でも、すごく本格的で風情があるって、来賓や父兄の皆さんからも評判上々なんだって」


 と、もう一人の女子生徒。また新入生である。


 和服で、行灯に火を入れて。炭を熾してお茶を淹れる。スムーズに進めるためには、練習が欠かせない。来賓を前にして、まごついたり、バタバタしたりしてはいけない。毎日練習してもしたりないくらいだ。


 夜の茶事にまだまだ不安があったので、2人は部に申請して、練習に来たのだった。


 茶室のエリア。昔ながらの情緒風情を出すため、電灯はついていない。背の高い樹々に囲まれて、闇が深い。


 「暗いね」


 「電気ついてないからね。電気がないっていうの、ほんとに貴重」


 「肝試しみたい」


 「やだ。怖いじゃない」


 2人の茶道部女子生徒、一応ここでは懐中電灯を持っていた。その明かりだけが頼りだ。



 茶室に上がる。


 行灯に火を入れる。行灯の明かり。電気に比べると本当にわずかな明かりだ。


 茶室の行灯に火を入れた2人は、庭に降りる。日本庭園にある石塔の中の蝋燭にも、火を灯していく。


 茶室と庭園。全部火を灯した。


 「ふぅー、問題なくできたね」


 「うん。懐中電灯消してみようよ」


 2人は懐中電灯を消す。


 宵闇の中。微かに揺れる灯に、ぼんやりと浮かび上がる茶室と日本庭園。


 「うわー、すごい。綺麗。電気のない夜ってなかなか見れないよね。やっぱり風情あるね。幻想的」


 「うん。苦労する甲斐あるね。でも、この暗さで、いろいろイベントするのって、やっぱり気をつけないと。まだまだ練習ね」


 「そうだね。私、まだ、和服で動くのって慣れてない」


 「私だって」


 2人の新入生女子生徒。ふふふ、と笑いあう。



 その時ーー



 ガサッ


 目の前の樹々が揺れた。


 なんだろう。2人の女子生徒、固まる。目を凝らす。宵闇の中、見定めることができない。


 この学園の敷地に出没する動物。せいぜい栗鼠かネズミである。東京の郊外だった。狸や鹿や猿は出ない。


 

 ガサッ、



 大きく樹々が揺れる。


 大きい。ネズミや栗鼠ではない。二人の茶道部員、目を見開く。


 樹々を掻き分け、姿を現したのはーー



 人。人の形をしていた。しかし、その姿。異様だった。全身、包帯がぐるぐる巻いてある。その上から、ボロボロの布切れを被っている。頭や顔には、膏薬がペタペタと貼ってある。


 包帯と、膏薬で隠された顔。右目だけが覗いていた。不気味な目だった。宵闇の中、よくは見届けられないが、この世の生者の目とは思えない、青白い光を発していた。


 凍りつく2人の女子生徒。包帯の男、ゆっくりと歩いて近づいてくる。そして、2人に近づいたところで、くわっと口を開く。包帯の間から、赤い口が見えた。すっぽりと開いた赤い洞窟ーー


 「キャー!」


 やっと我に返った女子生徒の1人が叫ぶ。もう1人の女子生徒も、


 「逃げなきゃ!」


 と、2人で手をつないで、走り出した。もう無我夢中。暗い中、途中で転んだり、何かにぶつかったり、道に迷ったり。やっとのことで、明るい場所に来た。和服はすっかり泥々になっていた。2人は、安全地帯まで来たのを確かめて、座り込む。抱き合って、いつまでもぶるぶると震えていた。

 


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