第180話 ヒーローは強く、孤独に
5月の連休が終わった。
オレは、麗紗との一日の後は、ひたすら家の周りで走り込みして、公園で筋トレして、そして、それほど身が入らなかったけど、勉強とかをしていた。ヒーローは孤独。それでいい。もちろん、外出の時は、男装だ。もう絶対女子モードで外出なんかしないぞ。
連休最後の日の夜。
満月からメールが来た。もちろん画像付き。
青い海。白い砂浜。まぶしい陽射しの中、パラソルの下で、水着姿の満月麗奈剣華。
女子たち。やっぱり沖縄に行ってたんだ。優雅なお嬢様たち。オレの手の届かない別世界の住人。
女子たちの水着画像。もう、そこまでドキドキしないな。最初から女子の水着にドキドキする必要なんてないんだけど。
オレは、じっと画像を見つめる。
満月は得意満面。
剣華は、やや恥ずかしそうに、にっこりと。
麗奈は……なんだ。いつもの、お澄まし顔。しょうがないな、沖縄の海に行ってもこれか。もっと弾けなさい。
麗紗から、何通もメールが来た。オレはどれも開けなかった。本当に胸が痛い。だけど、もう勇華はいないんだ。
麗紗と一緒の画像。もちろん撮った。何枚も。それは……保存しておこう。
◇
連休明けの登校。
遊びボケでタルそうにしてるやつ。連休気分のまま、はしゃぎ回ってるやつ、半々くらい。
大体みんな、連休中どうだったこうだった、何したどこ行った、そんな話をしている。ワイワイキャッキャ、楽しそうだな。オレも……結構楽しんだと言えば楽しんだけど。
朝。校門のところで、麗紗に掴まった。隣の中等部に通ってるんだから、もう会わないというわけには、もちろんいかない。勇希として、なんだかんだ顔合わせていくことになるだろう。隣の子の妹だし。
「勇華は……どうしたの?」
麗紗、やや沈んだ声音。やっぱりほんとに勇希のこと、友達だと思ってくれてたんだな。胸が痛む。けど、
「遠くに行ったよ。あの……勇華の事は、あまり話しちゃいけないんだ」
「そうなんだ……」
オレは不自然な嘘をついている。ドギマギする。
でも、小さな天使、疑っている様子はなく、
「勇華がいなくなったのって、麗紗のせいなの?」
「そんなことないよ!」
オレは声に力を入れて、
「前から決まってたんだよ。本当に。最後に麗紗ちゃんと遊べて、すっごく楽しかったって言ってたよ」
嘘を重ねるのって、すっごく苦しい。
「そう」
麗紗は、にっこりとした。
「ありがとう。勇希も、いい人だね」
本当に、愛くるしい天使。
ガヤガヤしてた教室。朝のホームルームが始まり、静かになる。エリート校モードだ。
午前中の授業。オレは、ぼんやりと。連休からずっと考えていたこと。
結局、異世界で麗紗が聖剣だ銃士制服だ技だ魔法だ次々と繰り出したのは、何だったんだ?
もう訳が分からない。
“考えても、何にもならない。わからんものはわからん”
この法則、これまで散々思い知ってきたけど。
校長や、ママやパパに、訊いてみようかと思ったけど、やめた。別にみんなイジワルして、オレにいろいろ教えてくれてないんじゃなくて、教えられる事は全部もう話してくれてるんだろう。要するにみんなもあんまり知らないんだ。異世界幽世について。
クラスメイトの妹を巻き込んで、危うく死なせるとこだろうだったとか、そういうことを言ったら心配させるだけだし。
結局、オレが必死で考えるというむなしい努力をした結果は、
【1】 宿命の力を継承するものは、オレ以外に何人もいる。それぞれ継承法が違うので、何も事前に話を聞いてなくても、突然覚醒する者がいる。オレだってヒーローパワーの使い方とか習ったわけじゃないし。
【2】 宿命の力を継承するオレは、周囲の人間もヒーローパワーアップする力がある。オレの力、仲間の力になる。
どっちだろう?
オレは、【2】が正しいと信じることにした。なぜって? その方がオレに都合がいいからだ。うむ。
よくわかんないときは、“これでいいのだ。これで問題ないのだ。すべては順調なのだ。これ以上考える必要は無いのだ”モードにどっぷり浸っていればそれでいい……よね。
今回の戦い。オレはヒーローとして、レベルアップした。ステージアップした。それは間違いない。出てくる敵も、強くなった。オレのレベルとかステータスとか、エネルギーMAX容量とか、よくわかんないけど。あの世告げの鏡、やっぱりどうもポンコツだ。あまり役に立たない。
麗紗の自己治癒と魔力吸収。あれが使えると便利だな。何しろ、何があっても異世界じゃ救急車が呼べないんだ。エネルギー切れもあるし。
ーー 怪我したり死んだりしたらそれでおしまい ーー
そういう世界での孤独な戦いだ。オレもこれから、技だ、魔法だ、魔力操作だ、いろいろ覚えいかねばならないだろう。麗紗が軽々とできたんだ。オレだってできるはず。
午前中の授業の終わり。昼休みだ。よし、飯。
おっと、その前にーー
今回の麗紗みたいに、周りの人間を巻き込んじゃいけないな。
ヒーローは孤高。言っておかなきゃ。
「麗奈」
オレは隣の美少女に。
「なに?」
麗奈がこっちを向く。お澄まし顔。沖縄へ行ったのに、全然日焼けしてない。ずっと日陰にいたらしい。やれやれ。満月のほうは、完璧に綺麗な小麦色に焼けている。すべては映えのため。
オレはしっかりと麗奈の瞳を見つめてーーオレは強くなった。もっと強くなる。お前の妹と一緒に風呂に入って動揺しちゃったりしたけどーー
「あまりオレに近づくなよ。オレに近づくと火傷するぜ」
「は?」
麗奈、目を丸くする。そして、だんだんと厳しい表情に。
「ちょっと、なに言ってるの。ふざけてないで。ちゃんとやることやってよね」
「やること?」
「あぁ、もう。やっぱり。何も聞いてなかったんでしょ。ペアワークよ!」
ぐほ、
またペアワークか。毎回毎回なんなんだ。この学校は。
麗奈は本気モード。
「今度は勇希にちゃんとやってもらうからね。いつもいつも人にやってもらえると思ったら大間違い。甘えてちゃダメ!」
「はーい……」
オレの連休ボケも、ヒーローモードも、吹っ飛んだ。




