第179話 天使との別れ
「楽しかったねーっ!」
麗紗は、飛び跳ねている。制服のスカートが揺れる。おい、膝上スカートなんだから、そんなに跳ねちゃだめだよ。
VRゲームを終え、オレたちは箱を出た。華やかなライトの下、連休のレジャーランド、大混雑。騒騒と。ますます盛り上がっている。
やっと戻った日常世界。
オレはーー
あまりゲームを楽しむどころじゃなかったな。本物の異世界戦闘の癖が、ゲームでも出ちゃって。なんだかうまくいかず、空回りしちゃう。
ポイントでは、麗紗に大差をつけられた。ペアで攻略するイベントも、大体麗紗がリード。
異世界幽世の戦闘でいろいろ消耗していたオレと違って、麗紗は燃えに燃えていた。確かに、無尽蔵のエネルギーを秘めた小さな太陽だ。
愛くるしい天使は得意満面。
「勇華、ゲーム苦手なの?でも、頑張ってたよ。ところでーー」
麗紗、思案顔。
「最初のステージ、何だったんだろう? 第二ステージ以降と、全然違ってたよね? 前情報とか、説明とか案内にも、あんなのなかった。ものすごく現実な作り込みで凄かったのにね。あと、最初のステージ、なんでポイントが入らなかったんだろう」
オレも、思案顔してみせる。なるべくもっともらしく。
「確かに変だったよね。きっと、バグだったんじゃないかな」
「バグ?」
「うん。開発途中のプログラムか何かに、私たちは巻き込まれたんだよ」
「そんなことあるの?」
麗紗、目を丸くする。
オレは麗紗の瞳を覗き込んで、
「生身の人間を、異世界に引っ張り込む、そんなゲームプログラムだったんじゃないかな。そんな気がする。本当にあっちの世界に行ってたんだよ」
「えー、こわい!」
麗紗が笑いだす。
「じゃぁ、ゲームの中で負けてたら、こっちに戻って来れなかったってこと?」
「そうかもね」
「まさかあ」
麗紗の朗らかな笑顔。
オレは複雑。ほんとに死ぬところだった、なんて話。やっぱりしないほうがいいよね。
◇
麗紗はオレを引っ張ってアトラクション巡り。
オレは、今日1日はもう麗紗に引っ張り回されようと決めていた。天使とのお別れの時間、近づいていく。麗紗とずっと一緒にいたい。オレはそんなふうに思うようになっていた。けれど、そうはいかないーー
「キャー、見てーっ! 麗紗と勇華、恋愛成就率95%だって!」
占いのコーナー。オレたちはカップル御用達の恋愛占いをしていた。
オレ、妙に赤くなる。麗紗のほっぺもピンク色に。
なんだ。なんだかドギマギするな。
蘭鳳院の姉妹。姉も妹も、オレの心を悩ませ、騒がせ、引き回す。
レジャーランドの最後に。
オレたちは、お洒落なカフェに寄った。
麗紗、ケーキにかぶりつく。
「勇華、また、来ようね」
「う……ん」
オレはコーヒーを飲みながら、笑顔を作るのが精一杯。
「勇華、私たち友達だよね。勇華、他のみんなとも、きっとうまくいくよ。だから、自信を持って」
「ありがとう」
オレは本心から言った。設定がどうとか、もうどうでもよくて。
レジャーランドを出て、オレたちは別れる。小さな蘭鳳院、手を大きく振って、バイバイする。夕日の中に、煌めく天使の姿。
◇
長い1日だった。
とっさに妙な嘘をついちゃったことには、胸が疼く。
麗紗は、ちょっと強引で、行動力過剰だけど、すごく思いやりがあって、いい子だ。
麗紗が大事に思っている友達の勇華。
今日で完全に消えるんだ。もう二度と現れない。
◇
その夜。家で。
オレは、何度も何度も、メールの文面を考えた。麗紗にお別れのメール。別れる前に、メアド交換した。勇華のメアドは作っておいたので、問題なく交換できた。このメアドを使うのも、これが最後。
結局、考えた文面。
「麗紗ちゃん、今日は1日本当にありがとう。友達になってくれて、すごく嬉しかったです。出会ったばかりで、こんなことを伝えなくてはならないのは、本当に悲しいのですが、もう会うことはできません。遠い場所へ行くことになりました。行き先は、勇希も知りません。これは前から決まっていたことなのです。だから、最後に、楽しい思い出作りができて、麗紗ちゃんに、ただただ感謝です。麗紗ちゃんからもらった勇気、決して忘れず、ずっと持ち続けます」
うーむ。なんだか。
間抜けな文面だ。何度考えても、こんなのしか書けない。友達へのお別れのメールって、どうすりゃいいんだろうね。そもそも、事情を知らせず、突然姿を消すなんて、普通はありえないし。麗奈みたいな優等生なら、もっとましな文面を考えることができるんだろうか。
しかし、オレにできるのはこれだけだ。
メールを送信する。返信が来ても……見ない。
とても苦しい。本当に。ヒーローの道は孤高、孤独だとわかっているけど。
愛くるしい天使。家のドアや、部屋のドア、戸棚を開けたら、まだひょっこり出てくるんじゃないか。カレーライスを作ってくれるために。そんな気がする。
しばらくの間、可愛いエプロン姿で微笑む天使の残影、オレの周囲に、漂っていた。




