第176話 痛みの調節ができる異世界ってあるの?
「勇華……だめだよ……それじゃ」
オレの腕の中の麗紗がいう。声が弱々しい。辛そうだ。でも、必死に笑顔を見せてくれる。
だめ。
うん。
そうだ。その通りだ。
オレは、ダメ。
全てにおいて。ヒーローとして、男として、宿命に選ばれし者として。
ダメ。
完全に。
ヒロインを護れなかった。愛くるしい天使を巻き込んだ挙げ句……
ああ、もう。
元の世界に戻る?帰らなくたっていいや。もう終わりなんだ。オレはここで、麗紗と、一緒に……
「私がやってみるね」
麗紗が言った。
え? 今、なにを?
やってみる?
麗紗、右手を、ゆっくりと上げ、天に翳す。腕が震えている。体を動かすのも、痛いんだ。
でも、麗紗は、キリっとした表情になり、
「我が傷を癒せ、慈しみの 太陽の息吹き!」
「え?」
麗紗が赤い光に包まれた。小さな体が、輝く光の中に。
なんだ。ぽかんとなるオレの前で。みるみると麗紗の傷が治っていく。破れた肌の赤い条は、次々と消えて行き、白く輝く綺麗な肌に。
あれ? 破れたセーラー服と、銃士制服も、元に戻った。
なんだこりゃ。魔法か。奇跡か。一体何なんだ。
◇
「終わったよ」
麗紗は言って、立ち上がり、うーん、と伸びをする。元気に溢れている。すっかり治ったようだ。
なに? 何が起きたの?
この子、自己治癒しちゃった!
何なの?どうやったの? 体の傷だけじゃなく、服まで直しちゃって。
オレが必死に頑張っても、できなかったのに。
麗紗、えへ、と、笑う。
「すごいゲームだね。これ。メニュー表示とか出ないんだけど、不思議と、必死に想うと、何をしたらいいか、わかるんだ。想いが形になる。想いが力になる。さすが最新型だね」
あ、そうだ。
オレはすっかり忘れてたけど、麗紗はVRゲームの中だと思ってるんだっけ。
なるほど。
「あの」
オレは言った。
「痛かった?」
「うん、すごく!」
麗紗は、元気に言う。
「ほんとにちょっと、フラフラしちゃった。傷を見た時は、びっくりした。痛かったよ。すごい再現力だね。本当に現実。でもちょっとやりすぎじゃないかな。こういうのやるなら、ちゃんと最初に注意警告とかするべきなんじゃない?痛いの嫌なプレイヤーだっているんだから」
麗紗、紫の草の大地の上で、くるくると、踊るように回る。豪華絢爛たる銃士制服が、優雅にひらめく。天使の舞。
「痛いのありのコースと、痛いのなしのコースとちゃんと選べて、それに痛みの具合も最初にちゃんと自分で調節できるようにするべきじゃない? ゲーム開発会社に、メールしとこっかな」
なんだかラーメンの辛味調節みたいな話だ。何でも選択調節できた方が、いい事はいいんだろうけど。
オレはゲームでも現実でも、痛いのなんて絶対嫌だぞ。辛いのも……苦手だ。
それにしても。
麗紗にここが本物の異世界だと説明しなくてよかった。説明しても、信じてくれたかどうかわからないけれどさ。麗紗がもしーー
ーー 怪我したり死んだりしたら、それでおしまい ーー
このルールをはっきり受け止めていたら、こんなにあどけなく無邪気に元気いっぱいプレイすることなんてできなかっただろう。
きっと、怯えて、何も考えられなくなって……うーむ。知らぬが仏とは、よく言ったものだ。
まだ体の力が抜けて、いや、麗紗が助かったのを見て完全に体の力が抜けちゃって、へなへなと紫の草地に座り込んでいるオレを見下ろしながら、麗紗は、にっこりと。
「勇華、こういうゲーム、本当に初めてなんだね?」
「え?」
「なんだかすごく真剣だったじゃない。麗紗のこと心配してたの、あれって本気なんだよね?」
「え、ああ」
本気。もちろん本気。これ以上なく本気にならなきゃいけない場面だったので。
必死だったんだぞ。ヒーローの務めを果たそうとして。
ヒロインは、ヒーローの気も知らず、
「勇華みたいに、ゲームにのめり込めから、楽しいよね。ふふ、でも嬉しかった。ほんとにほんとに、勇華、麗紗のために必死だったんだもん」
ヒーローは、ヒロインに、何も求めず……誤解カンチガイされたっていいんだ。とにかくヒロインが助かった。それに……ちょっとわかってないようだけど、この子はオレの感謝してくれている。
フッ、
オレは、よくやったのだ。
まだ立ち上がる気力もないんだけど。
座り込んで無邪気な愛くるしい天使を見上げるオレ。
熱く、強い、ヒーローモードに浸されていく。




