第175話 ヒーロー失格
「麗紗!」
オレは、ヒロインの元へ走る。
麗紗、うう、と、やっと体を起こしたところ。
オレは小さな蘭鳳院の体を抱きかかえる。
「大丈夫?」
「う、痛い」
と、麗紗。
オレは、よく麗紗の体を見る。
「あ、」
真紅の銃士制服。赤色なのでさっきは気づかなかったけど、血が滲んでいる。いや。滲んでいるというか。抱きかかえたオレの腕も濡れる。流血がひどい。
真紅の銃士制服が、ぐっしょりと。血に。
「ええええっ!」
オレは叫ぶ。うろたえて。怪我人を前に、絶対やっちゃいけないことだけど、オレはこんな場面なんて初めてなんだ。もうどうしようもなくて。
銃士制服、所々破れている。
「傷、確認するよ」
オレは銃士制服と、その下のセーラー服を、めくる。
生々しい傷。麗紗の透き通った白い肌に、何本も、赤く血の条。ネビュラの銀の鞭、強く巻き付き締め上げ、銃士制服と麗紗の肌を破り、肉に喰い込んでいたんだ。
ネビュラめ。なんてことをしやがる。オレは怒りに震える。あいつ、やっぱり麗紗を攫って、殺すつもりだったんだ。あいつにとどめを刺さなかったのは、つくづく不覚だっだ。オレはヒーローとして、まだまだ未熟なんだ。
「勇華、ありがとう」
小さな蘭鳳院、苦しそうにしながらも、オレに愛らしい顔を向ける。にっこりと。
「あいつを倒してくれて、かっこよかったよ」
それだけ、やっと言う。辛そうだ。
オレの腕の中で、麗紗の笑顔。小さな太陽。
うぐぐ……うぐぐ……
オレは何をやってるんだ。麗紗はこんなに辛い状態なのに、必死にオレを励まして助けてくれて。そうだ、ネビュラを倒したのも、麗紗のおかげだ。麗紗が血を流しながら、苦痛に耐えて、必死に声を上げて、オレに的確に指示して助けてくれたからだ。オレが倒したんじゃない。
小さな蘭鳳院。オレの天使。
傷ついている。1人で立ち上がれない位に。
血はまだ止まっていない。
このままじゃーー
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
落ち着け。オレがうろたえてどうするんだ。ここで麗紗を助けるんだ。絶対に。何があろうとも。オレはヒーローなんだ。だからヒロインは絶対に助ける。そうでなくちゃいけない。当然だ。
怪我をしてる……普通なら医者、病院、救急車。でもここじゃそんなの無理だろ。
じゃぁ、どうすればいいんだ?
回復治癒の薬?アイテム?それとも魔法?
そんなの、そんなの、オレに……ない。
いや、オレはヒーローだ。ここでオレのヒーローパワーを信じるんだ。
魔剣を握る。頼むぞ、悠人の剣。オレは、木刀を麗紗に翳す。
「天破活剣よ! この子を治癒せよ!」
ヒーローパワー全開!
オレは必死に念じる。麗紗、助かってくれ。オレのヒーローパワーで、きっと救えるはずだ。オレは宿命に選ばれたヒーローなんだ。
だがーー
何も起きない。
◇
「ねぇ、ちょっと」
オレはとても冷静じゃいられなくなって。
「おかしいよ。そんなの。麗紗がこのまま……そんなの……」
麗紗を巻き込んだのは間違いなくオレ。オレが、麗紗を幽世に巻き添えで引っ張り込んじゃって。
「ねぇ、誰か、悠人、安覧、寿覧、見てるんだろう?何やってるんだ?早く助けてよ!校長でも、ママでもパパでも誰でもいいから、何とかしてよ!」
オレは取り乱して叫ぶ。
何の返事もない。
どす黒い空と、風にそよぐ紫の草の大地の間で。オレと傷ついた麗紗、二人きり。
このまま、このまま、麗紗が、元の世界に戻れなかったら……そんなことになったら……オレは、もう……
クソッ! あきらめるな!
オレは今一度、天破活剣を麗紗に翳す。
「麗紗、必ず助けるからな!」
もう一度、全力全開、ヒーローパワーだ!
「オレの願いのすべてを懸けて、天破活剣、この子を治癒せよ!」
オレは必死に願う。想いを集中させる。
頼む。奇跡でも何でもいいから起きてくれ。神でも仏でも誰でもいいから助けてくれ。この愛くるしい天使を護ってくれ!
だが。
やっぱり、何も起きないーー
麗紗の傷、なんだかもっと悪くなっているような。天使の顔、青ざめている。
木刀を握るオレの手から力が抜けてくる。全身から、力が。オレは、崩れそうになるところ、必死に力を奮い起こし、麗紗を抱きしめる。
嘘だろう。
本当に、本当に、これで終わりなのか? 何もできないのか?
ーー 怪我したり死んだりしたら、それでおしまい ーー
そんな。そんな。
麗紗が、助からなかったら。元の世界に戻れなかったら。
オレは、もう。
ヒーローじゃない。
ヒーロー失格。




