第174話 闇の御嗣《ダークプリンス》
両手でしっかりと握って構えた天破活剣から噴き上げる青白い光。光の上に光が重なり渦を巻く。青白い炎の奔流。
凄い。今までで一番の勢い、力だ。
ネビュラ、たじろぐ。奴にとっても想定外だったようだ。
この一瞬ーー
見逃すことはできない。
「どりゃあっ!」
オレは踏み込みざま、ネビュラに大上段から斬りつける。ネビュラの放つ銀の冷気の炎が襲ってくるが、ものともしない。
ビュウウウウッ
オレの魔剣、空を斬る。外した? だが、大きく横に跳んで躱したネビュラ、銀の鞭を掴んでる腕の肩を、もう一方の手で押さえている。
ちょっとは掠めたか。肩から銀色の雫が滴り落ちている。血? 銀色の血? やはり人間じゃないのか。動揺しているようだ。体に纏う銀の光の炎、やや弱まっている。
ビュウッ、
もう一振り。今度は、ネビュラが握る銀の鞭を斬った。麗紗、ネビュラから離れ、ぐるぐる巻きのまま、紫の草の上に、どう、と転がる。
麗紗が叫ぶ。
「私の剣も抜いて! 勇華なら使えるよ! そいつを倒して!」
愛くるしい天使の指示。よし、やってやろう。間髪入れず、オレは麗紗に駆け寄り、銃士制服の腰に差した聖剣を抜く。何も考える必要は無い。天使の言う通りにしていれば、大丈夫だ。
オレは、ネビュラ、銀の御嗣を振り向く。
右手には、魔剣天破活剣。
左手には、赤光聖剣。
「行くぞ。覚悟しろ」
二刀流。二本の剣を掲げて。
突進する。
ネビュラは跳び上がろうとした。黒マントが、フワリと。飛んで逃げようというのかな?
だが、逃さない。
距離はある。5メートルといったところ。
オレは二本の剣を交叉させた。
「 聖魔光弾!」
交叉させた二本の剣から、青白い光と赤い光が伸び、絡み合い、渦となり奔流となって、ネビュラに襲いかかった。
「アアアアアアーっ!」
地の底から響くような声。ネビュラ、オレの放った光の奔流に巻き込まれ、呑まれ、姿を消す。
決まった。喰らわせてやった。ガツンとやったぜ。
フッ、
見たか。
◇
「麗紗!」
オレは天使に、ヒロインに駆け寄る。麗紗を縛っていた銀の糸。すうっと消えていく。ネビュラの力が消えたんだ。
オレは小さな蘭鳳院を抱き起こす。
麗紗、笑顔。でも、すぐ顔をしかめ、うぐ、という。おや。痛そう。どこか怪我してるのか?
「勇華」
麗紗がやっという。辛そうだ。
「まだ終りじゃないよ。あいつをきっちり倒して。私は大丈夫だから」
「え?」
オレは振り向く。魔剣聖剣の光の炎が消えた跡に。
黒い影。
ネビュラ。
やつは無事だった。やっぱりそうだな。きっちり止めを刺さなきゃ。オレとしたことが迂闊。麗紗のことで、オレのヒロインのことで、頭でいっぱいだったんだ。
小さな蘭鳳院、どこか怪我してて痛そうなのに、冷静だ。オレはヒーローとして、まだまだ未熟だな。
ネビュラは立って、こちらを睨みつけている。ものすごい眼だ。
でもーー
聖魔光弾。やっぱりかなり効いているようだ。黒マントはボロボロ。銀の髪も乱れて。少し、ヨロヨロとしている。
「お前……」
ネビュラ、オレを凝っとみる。獲物を狙う蛇の眼。さっきは麗紗ばかり視ていたくせに。
「闇の御嗣だな」
え?
何をこいつは言ってるんだ?
闇の御嗣?
それ、オレのこと?
さっきから。なに言ってんだこいつ。オレは闇じゃねーよ。ヒーローだぞ。太古の昔から続く、名門のヒーローなんだ。最終兵器と呼ばれていた時代だってあったんだぞ。どう見ても闇じゃねえ。やっぱりこいつは性能がイマイチなんだ。
それに、キサマ。
オレはネビュラに向かって一歩踏み出す。
麗紗を傷つけやがったな。
オレの体の中に滾りかえった炎。今にも飛び出そうで。
許さん。ヒーローの前で、ヒロインに手を出したら、それで終わりだ。そんなことも知らんのか。まぁ、知る必要もない。ここできっちり消してやるんだ。ヒーローの怒り。思い知れ。
ネビュラ、フッ、と笑う。オレの心を見透かしているようだ。
「決して交わらぬはずの太陽の神聖力と、闇の力が、なぜ、交わる。わからん……だが、これが大いなる狩りであったか。卦。間違いはなかった。獲物……獲ったぞ……面白い。何か、動きだしているようだな。始まったのか」
奴の言うことなんて、もう聞いていない。
オレは、天破活剣と赤光聖剣二刀流のまま、ネビュラに突進。最後のヒーローターン。
「狩られるのはお前だ!そして、お前はもう終わりだ。何も始まらないぞ!」
ネビュラは、冷たい笑みを。
「フフ、闇の御嗣よ。また会おう」
言うや、銀の霧が立ち籠め、ネビュラを包む。銀の御嗣、霧の中に、すーっと消えていった。
後には、ユラユラとした、銀色の光が残った。これも、やがて、微かとなり、完全に見えなくなった。
オレは両手に二本の剣を提げて、立ち尽くす。
勝った、のか?
逃しちゃったけど。
オレは辺りを見回す。
どす黒い空。風に揺れる紫の草の大地。背後には、転がり落ちてきた崖。
オレと麗紗が戦ってきた相手。
全て消えた。消え去った。
オレは、ヒロインを護った……のかな。




