第173話 闇と銀と太陽と
「さ、来なさい」
ネビュラ。銀の御嗣。銀の鞭を手繰り、麗紗を引き寄せる。
銀髪の男、造り物めいた白い手で、麗紗の、あごを持ち上げる。冷たい瞳で、天使の顔を覗き込む。麗紗、ビクッとなるが、何も言えない。さすがに恐怖を感じているようだ。さっきまでピンクだったほっぺは、白く透き通るように。
「おお、太陽の眷属。今日は、なんという日だ。こんな獲物……いつぶりだろう」
冷たい息とともに。麗紗、必死に顔を背けようとするが、体はピクリとも動かせない。
キサマ、オレの天使に何を。
怒りが、野火のようにオレの体を満たしていく。
ネビュラは、麗紗のあごから手を離し、高く掲げる。もう一方の手で、麗紗を縛っている銀の鞭を握ったまま。
「さあ、行くとしようか」
ネビュラ、麗紗を連れて飛び立とうと。
「ん?」
飛べない。マントの裾。オレがしっかりと握っている。
◇
「なんだ、お前は」
ネビュラが、オレを振り向く。初めてしっかりオレを見た。冷たく光る青い瞳が正面からオレを。すぐ近くで、オレたちは顔を見合わせている。
オレは、しっかりと睨み返す。
キサマ、初めてオレに気づいたのか。今まで何を観てたんだ。
フッ、
なんで鈍い奴だ。このヒーローを無視するなんて。お前は魔物だか魔族だか知らんが、決して上級ではなく、かなり下級に分類されるやつだろう。
いろいろわかってない奴のようだな。よし、ここは堂々と名乗ってやろう。
「オレは一文字勇希。ヒーローだ」
オレはきっぱりと言う。どうだ。ヒーロー参上だ。
ネビュラの冷たい瞳、何の動きも見せず。おや? こいつはヒーローって何かわかってるのか?
オレは、片手でネビュラのマントの裾をつかみ、片手に木刀を握っている。いきなりぶった斬らなかったのはーー ぶった斬ろうとしてぶった斬れるのか、よくわからないけど ーー相手の正体がまだよくわからないし、一応、オレと麗紗を助けてくれたしで、ちょっと様子を見たんだ。
「放せ」
ネビュラが言った。
「嫌だ」
オレは言った。
「お前が放すんだ。麗紗を解放しろ」
堂々と言う。攫われる女の子を救うため、相手のマントの裾を掴むっていうのは、ヒーローとしていい図なのかどうか、よくわからないけど。
くく、とネビュラの笑い。オレを仔細に見て、
「なんと。お前、闇の眷属か。なぜ、太陽の眷属と、闇の眷属が、道中を共にしているのだ」
闇の眷属?オレのこと言ってるのか?オレはヒーローだぞ。闇の眷属を打ち払う立場なんで。そうだよね?
オレと麗紗が一緒にいるのは、麗紗が押し掛けてきて、一緒に遊びに行こうって言ってーー 闇だ太陽だ関係ねぇ!
「大いなる卦がでていた。こういうことだったのか。面白い。実に面白い」
ネビュラの瞳、不気味に光る。ユラユラと冷気が襲ってくる。オレはゾクりと。
「お前にも興味が湧いてきた。だが、闇の眷属よ。今、お前の相手をすることはできない。この小さな太陽を、確保せねばならぬからな。さらばだ」
ネビュラが、マントを一振いする。
「うわっ」
オレは突き飛ばされた。すごい力だ。オレは、すぐ木刀天破活剣を構える。
「ダメだ!」
オレは叫ぶ。
「絶対に、その子は渡さない!」
ヒーローターン炸裂だ!
ネビュラも、いい感じに悪役そのまんまで。
「ふふ。わかっておらぬのようだな。太陽の眷属、この小さな太陽に似つかわしいのは、闇の眷属であるお前ではない。銀の眷属である銀の御嗣の我こそが相応しいのだ」
「だから、オレは闇じゃねえっ! そもそもお前の女の子の扱いは論外だ。いいか、女の子を助けたからって何をしてもいいわけじゃないんだぞ。女の子を助ける。そして何も求めず何も受け取らず。黙って去っていく。それがヒーローの道だ。お前はヒーローじゃない。御嗣だと? 笑わせるな。麗紗を連れて行く事は、絶対に許さん。本物のヒーローとは何か、きっちり見せてやろうじゃないか。これが最後だぞ。とっとと麗紗を放せ。さもなければ、オレがお前を始末する」
ネビュラ、オレを凝っと見て、
「始末する?」
ネビュラ、嘲りの笑いでオレの木刀を視る。
「その木っ端でか? 闇の眷属よ。だいぶ会っていなかったが、堕ちたものだな。お前など、この銀の御嗣の敵ではない」
ふう、と息をついて、
「やむを得ぬな。いろいろお前に訊いてみたいこともあるが、長く関わっていることはできぬ。小虫を一踏みにして、小さな太陽を貰っていくとしよう」
ネビュラ、手を掲げる。冷たい銀の炎の光がビュオッと広がる。凄い力。湧き上がるような、地獄の底から噴き上がるような冷気の洪水。
「うおっ」
圧倒されたオレ。思わず下がりそうになる。だが、退がることはできない。
目の前にヒロインが。小さな蘭鳳院が。愛くるしい天使が。
ヒロインの前で逃げるヒーローなんて、そんなのありゃしねえっ!
「待ってろ、麗紗」
オレの天使。
オレは、一歩踏み込む。しっかりと木刀を握って。
圧倒的な冷気、力に立ち向かっていく。
勝算がどうとか、作戦がどうとか、もうそんなの関係ねぇっ!
これが男の道。ヒーローの道。
その時ーー
「勇華!」
麗紗が叫んだ。銀の鞭にぐるぐる巻きにされて、苦しいのに、精一杯の大声。可憐な天使。オレのヒロイン。
「自分を信じて!剣には、もう力が戻っているよ!」
え?
だが。疑う事はなかった。オレは瞬時に、
「天破活剣!」
叫ぶ。
ゴウゴウと、
オレの魔剣。
天破活剣。
青白い光の炎を噴き上げた。




