第172話 銀の御嗣《シルバープリンス》
黒マントの男。
崖の上から、飛んだ。
ユラユラと。淡い銀の光を纏いながら。
ゆっくりと降りてくる。
そして。
ふわり、とオレと麗紗の前に着地。
黒マントの男。
体をすっぽりと覆う黒いマント。銀糸で、複雑な模様が縫い込んである。魔物だか神だか聖者だかを幾重にも絡ませ組み合わせた、複雑怪奇な銀の図象。
男の顔。銀色の髪。でも、それは、年寄りの白髪頭と違って、きらきらと、冴えざえしく輝いている。若さと、力強さを感じる。銀の髪を、何房か編んで、垂らしている。
男の肌。白い。なんだこの白さは。白蠟のようだ。やや、青ざめているようにも見える。どこか、造り物じみた白さ。
そして、男の瞳。
薄く青い瞳。透明な光を帯びている。
オレは、ゾワッと。
さっきの銀の雨。その銀の矢を今もこちらに放っているような、その瞳。
オレは固まっている。なんだ。こいつは? えーと、銀の雨を撃ったのは、この男で、要するにオレと麗紗を助けてくれたんだよね。
じゃぁ、味方ってことでいいのかな? 安覧寿覧とか、兄の悠人みたいなポジション?
でもーー
間違いなくオレたちを助けてくれた。その男の瞳。銀の矢を放つ冷たい瞳。
どうも。
底寒いものを。
感じざるを得ない。
こいつは油断できないな。
オレの本能が告げていた。
◇
「ねえ」
麗紗がいった。オレたちはまだしっかりと手を繋いでいる。
「この人、他のプレイヤーかな? それとの、NPCかな?」
NPC? それはないだろう。ここは本物の異世界なんだし……いや、待てよ、本物の異世界にも、NPCがいて、おかしくないよね。魔物も結構ワンパターンな行動してるわけだから。それの上級版みたいな? 自分の役割を、あらかじめ決められたプログラムに従って動くキャラクター?
「私たち、この人に助けられたんだよね、とにかくお礼しなくっちゃ」
すっかり無邪気な麗紗に戻っている。オレが感じた目の前の男のやばい気配。麗紗は全く感じてないようだ。
オレの取り越し苦労かな? こいつは普通にこの世界の住人で、人間に好意的なやつってこと? 絶対どこか普通じゃないけど。
麗紗、オレの手を離し、銀髪黒マントの男に、走り寄る。
「はじめましてーっ!」
麗紗、ニコニコと笑顔で。
うーむ。無警戒。まぁ、VRゲームの中だと思ってるんだから、これは普通なのか。
麗紗に何かあったら大変だ。オレも、後に続いて、黒マント男の方へ。
「蘭鳳院麗紗でーすっ! よろしくー! 助けてくれて、ありがとうー!」
麗紗、男の前で、礼儀正しく元気にペコリと頭を下げる。
男、じっと、麗紗を見る。銀の光を放つ透き通った青い瞳。
オレは、また、ゾワッと。やっぱりやばい。そう、オレの本能が告げる。
こいつは人間じゃない。NPC? でもなさそう。
麗紗は、無邪気な天使モードで、
「あの、お名前を教えていただいていいですか?プレイヤーの方ですか?」
「名」
男が口を開いた。
冷たい声だ。
相手を畏怖させ、凍らせる、そんな声。麗紗は気にせず、ニコニコしている。まぁ、ゲームのNPCか、他のプレイヤーだと思ってるわけだからな。
「我が名は」
男が名乗る。案外、ちゃんとしたやつなんだ。
「銀の御嗣、ネビュラ」
◇
ネビュラ。銀の御嗣。
そいつの名。
妙に、寒々しく感じる響きだ。
ネビュラは、フッと笑う。
「プレイヤー……そうかもしれない……この世界のプレイヤー。あらゆる世界の」
よくわかんない自己紹介。これじゃ、NPCか、他のプレイヤーがわからない。
麗紗は好奇の眼で、
「ネビュラさん、銀の御嗣なんですか?かっこいいですね」
ネビュラ、フフッ、と笑う。しっかりと、麗紗を見据えている。
「聖なる太陽の眷属よ。なんとまぁ、小さいのだ。だが、その光。間違いなく神聖赤光」
ネビュラ口調、どこかうっとりとした音色に。
「なんという日だ。大いなる狩りの日と卦が出ていたが。小さな太陽がその獲物とは」
狩り? 獲物?
やっぱり話がおかしな方向に。これはまずい。
オレは麗紗に近寄ろうとーー
「小さな太陽よ。我と来るがよい」
急に、ネビュラの口調が強くなった。有無を言わせず、従わせる力を帯びた声。確実に危険水域。ここはオレの出番ーー
「いっちゃいまーす!」
麗紗の元気な声。両手とも上に挙げて。バンザイ全面大賛成のアピール。
うぎゃああっ!
オレは焦る。なんだ、この展開は。そうか。麗紗はこれを、“ちょっとスリリングなゲーム内イベント” だと思ってるんだな。そりゃそうだ。ジェットコースターに乗りませんかと言われて、大はしゃぎで乗り込む。そういう状態。
麗紗はキャッキャして、
「銀の御嗣さん、イケメンでかっこよくて大好き〜」
うおおおおっ
そうなるか。どうしよう。とにかく止めなきゃーー
ネビュラ、フッ、と笑みを浮かべ、右手を高々と天に掲げる。
「では、我が城へ。太陽の眷属よ。ご案内しよう。銀の鞭!」
ネビュラが叫ぶや、右手の指先から、幾本もの銀の条が走る。それは螺旋の形を描きながら、麗紗に絡みつく。
「キャッ!」
麗紗の悲鳴。銀の鞭、麗紗にぐるぐると巻きつき、締め上げている。豪華な深紅の銃士制服に銀の糸が喰い込む。
「ちょっと、ね、痛いよ!」
麗紗、体をばたつかせるが、がっちりと銀の鞭に捕らわれている。
ネビュラは、冷たい笑い。
うわー。予想通り。やっぱりオレの本能って正しかったんだ。
銀の御嗣。ネビュラ。こいつは、やっぱり上級の魔物なのか? 魔族とかいう奴? しっかり知性があって喋れるタイプ。魔族だ魔物だじゃなくても、女の子にこんな手荒なことするなんて、やばい奴には間違いない。
よし。
オレは、ゴクリ、と唾を飲み込む。
ここは、オレの出番。
ヒーローのターン。




